2005年11月日記
2005.11.29
火事って怖いですよね。
生物が本能的に恐れる炎に囲まれ煙にまかれ、下手をすれば死に至る。
直立二足歩行を始め両手を使い火を操る事で進化を遂げてきた人間が
その火によって殺される。
なんだか現代文明に対する警笛とも取れる事象であるところの火事なのですが、
最近は万が一火事が起こったとしても天井に備え付けられたスプリンクラーによって
鎮火するという方法でそれに対抗をしているわけです。
最近っていっても大分前からなんですけど。

そんなわけで例に漏れず僕の職場にもいたるところにスプリンクラーが配備されて
おりまして、特に火の元になりうる場所、給湯室ですとか喫煙室なんかにはしっかりと
備え付けられているわけなのです。

これでまあもし喫煙室から火が出たとしてもある程度は対応ができる。
一安心だといったところです。

しかし僕には一つだけ気になることがあるんです。
いやね、職場の喫煙室ってそれなりの人数が一日に何回も煙草を吸いに足を運ぶ
わけですから、もうなんていうの、黄色いんですよ。
何もかもがヤニイエローに染まっているのです。

当然スプリンクラーも黄色。
アンティークだね!ってレベルで黄色なんです。

うん、絶対このスプリンクラーから出る水浴びたくねえ。
絶対ここから出てくる最初10秒間くらいの水は黄色いわ。

そんなわけで僕が喫煙室に居る時に火事が起こったら、
何があってもとりあえずそこを出ようと思います。
あんな場所から出てくる水浴びたら死んでしまう。
火事って怖いわぁ・・・。
2005.11.23
この世は悪意に満ちている。
どうも、たくろうです。

そんなわけで痛々しい一言でOPを飾ったわけなのですが
僕が生きていること自体が痛々しいからまあいいやと思い直し
はりきって日記を書いていこうと必死こいてブラインドタッチしております。

前回に引き続いて言葉について考えてみたんです。
「こんなこと考える暇があるなんて、この人生きている価値あるのかしら?」
と皆さんを不安にさせてしまうほどの暇ッぷりを発揮して考えたのですけれど、
「百歩譲って〜」って何だと。

まず最初に言っておきたいのは

「譲んなや!!」

ということであります。

まあここにツッこんでしまうと話が進みませんので
百歩譲って譲ったこととして考えてみましょう。

そもそもこの言葉「〜なんだけど、百歩譲って〜したとしよう」のように、
ある確固たる客観的事実の裏づけを付け足す時にこの言葉を使うことが多いと思います。

これって、ものすごい悪意だと思いませんか?
だって「〜なんだけど」の時点である程度結果は出てしまっているのですよ。
それに飽き足らずに「では別の考え方をしてみよう。ふふん、それでも君は
間違っているのだよ」と言わんばかりに「百歩譲って〜」を付け足し、
相手を完膚なきまでに論破してやろうということなのですよ。

こんなことされたら立ち直れませんよ。
一抹の希望さえも潰され、完全に叩き潰されてしまうわけですから、
それこそ矢吹ジョークラスの打たれ強さと根性がなければ立ち直れない。

こんな言葉まで作るなんて、昔の日本人は皆打たれ強かったんだなあ・・・。

2005.11.21
いい加減大人気ないかなぁとか思いつつ大人の基準なんてのは
見る奴の主観によってどうとでも変わるんです!なんて大人気ない事を
冒頭に置きとりあえず言い訳から始まる今日の『今日の気になったこと』日記。

物申す。
『難しい言葉』って何だと。

おばあちゃんなんかが孫と戯れていて
「まぁ、難しい言葉知ってるのねえ」とか褒めているのか貶しているのか
よくわからない状況などがあると思うのですけれど、
その難しい言葉ってものの基準はお前の主観だろう老婆。

わかりますよ。
僕だってそこまで馬鹿ではありませんから、
古代言語で言う所のちょうオグリバンビではありませんから
老婆の言いたいことは理解できます。
我が孫にしては年不相応な物の表現じゃわいと言いたいのでしょう。
だが老婆、お前の表現が意味不明なんじゃい。

何度も言いますが、『難しい』と感じることは人それぞれ違うと思います。
幼子が気軽に使っている「箸」と「橋」の表現だって
外国の人にしてみれば「難しい言葉」となるでしょう。
強いて言うならばこの言葉の使いどころが難しいわ。

幼子から「おばあちゃん、せんせいは不倫してるんだって」とか言われた時など
反応に困った時に「難しい言葉知ってるんだねえ」とか言って逃げようものなら
次の日からその子は得意になって「不倫不倫」と連呼することになるわけですよ。
まさに口は災いの元。

その言葉を知っている人にとってみれば他愛の無い言葉でも、
知らない人からしたらそれは『難しい言葉』に成り得るわけです。

まあこんなことでわあわあ言うのもなんかアホくさいっていうか
アホ丸出しなとこあるんですけどね。

そんなわけで君達にこの言葉を贈ろうと思う。
言葉って難しい。

2005.11.19
どうも、満員電車の中でしか人と物理的に触れ合えないたくろうです。

なんか凡庸すぎて逆に非凡だなって勢いでこんな事言うんですけど、
最近運がない。

いや運がないわけではないのです。
ただ、運気が向いていて欲しいときに運がない。
そのため結果的に運がないと解釈せざるを得ない。

電気屋でネット回線を申し込んだ時にポイントカードで1万5千円分の
ポイントがついたので、この間それをを使うために仕事帰りに秋葉原へ。
ウッヒョー、こんなにオタクが多いのにオラワクワクしてきたぞとか思いながら
その電気屋の秋葉原支店へ。
まだポイントついてなかった。
いやいやいや、確かにポイントつくのに3ヶ月くらいかかりますよとか言われたけど
遅すぎだろこれ。ていうかもう3ヶ月経ってるだろこれ。
ションボリしながら何も買わずに店をでて駅に向かって歩いていると
なんかものすごいかわいい子がビラ配りしてるの。
この子がウンコするとか信じられない!ってくらいかわいい子がビラ配りしてるんです。
コスプレして。制服系のコスプレしてビラ配り。
いやホント秋葉原に天使が舞い降りてましたよ。
でもね、
運があるとは思えるけど本当に運が向いて欲しいのはそこじゃないだろって話ですよ。

また別の日には
仕事の残業3時間くらいして疲れて電車に乗っていたんですよ。
時給だからお金いっぱいもらえてうれしいのですけど所詮僕は時給・・・という
ジレンマに悶えながらふと下のほうに目をやると
座席におっさんが二人座っていたのですけれど、その二人同じ靴履いてるんです。
なんか総合的に運があるのかないのかもう意味わからん。
意味があるのかどうかすらわからん。そんな状態。

今日は今日で、僕は男のくせに便秘がちな変態でして
3日ぶりくらいになんていうか俗に言うウンコを生産したのですけれど
ちょうど便意が来たのが電車の中。
これはもうホント色んな意味で運があるわ。
やってられん。

こんなウンコみたいな人生送ってるから
人と触れ合えるのは満員電車の中だけなのですね。
2005.11.18
お前ら一週間ぶり。

「最近のこのサイトは何か違う」
「こんな明るいネタばっかりのマイナスなんてマイナスじゃない!」
といった(僕の)声が(脳内)メールにてどしどしと送られてきますので
今日はちょっと殺伐したと日記を書こうと思います。


いいかい、君は今までの人生の中でどれだけのものを失ってきたと思う?
そしてこれからどれだけのものを失って生きていくと思う?
そう考えるとちょっと憂鬱になるね。
いい事を教えてあげよう。
人は大切なものしか失わないんだよ。

小さな頃から一緒に育った飼い犬の死、君のから離れて行った恋人、
老いて亡くなった祖父母・・・。

本当に「失った」と感じるものはすべて君の大切なものだというわけさ。

でもちょっと考えてみて欲しい。
本当に大切なものを失っても、まだ君は生きている。やっていけている。
つまりは君が大切にしていたものですら代替えが効くんだ。

逆説的に君を本当に大切だと思ってくれている人間も
君が居なくなったって死にゃしないってことさ。
「私が死んでも代わりはいるもの」ってわけだ。

君の周りの人間を思い浮かべてみてくれ。
あの人もあの人もあの人も。
君がいなくなったって、別段困りはしないのさ。


でも
そうやってまわりに誰もいなくなって最後の最後に思い浮かべた人―。
どんなに心が千切れてもどんなに僕が無価値でも、最後に想える人。

僕はその人のお陰で、まだどうにかこの世と繋がっていられるみたいです。
有り難い。
2005.11.12
最近地味に楽しみなことが1つ。

このサイトは無料HPスペースを使わせてもらっているので、
ほとんどの無料HPスペースがそうであるように
このサイトにも広告が取り付けられております。

まあぶっちゃけ最初は嫌でした。
サイトのレイアウトを損なうとかデッカイ広告ウザイとか
このサイト自体がウザイのを目視確認できないほど棚の上にあげ
そんなことを考えていたのですけど、最近は違う。

僕は変態ですので、更新した後とか仕事から帰ってきた後なんかに
よく自分のサイトへ足を運ぶのですよ。
きちんと更新されてるか確認したりカウンターが思いのほか回っているのを見て
ニヤニヤしたりするためにこのページを開くのです。
まあカウンターは大抵多くて3ヒットだけどな。

そんなわけで僕自身このサイトの広告をよく目にするのですけれど
最近この広告がおもしろい。
なんかよくわからないのですが更新するごとに広告内容が変わってる。
過去二回分を振り返ってみると、
11月11日分を更新した後の広告は
『全国鉄道グラフィティ』『楽しい路面電車をあなたに』。
これはもうアレですよね。
僕が電車関係のネタで更新したからこんな鉄道マニアみたいな
広告が貼り付けられたんですよね。

続いて11月10日更新分の広告は
『自己破産』
もうなんつうかすごいストレートだった。
法律事務所広告ネタで更新して自分のとこでも法律事務所広告。
僕も金が(一部で)廻るのに加担したみたいです。

自己破産の次の広告が電車広告。
なんか嫌な連鎖が垣間見れますよね。

そんなわけで今回の更新分の広告は何になるのかなと
楽しみにしながら日記を書いております。

皆、広告も気にしてみてね!と家主に媚を売りながら・・・。
2005.11.11
激しく混雑する電車内。
その熱烈なる混戦の中、それはまるで高い高い崖の上に咲く一輪の花のような・・・。
そんなまさに高嶺の花とも言うべき座席。
その花の花弁の上で下界の争いを眺めつつ休息を得る蝶のように
華やかに座席で休む僕。

そんな絵ヅラが帰宅ラッシュを迎える山手線上で展開されました。

まあなんていうか、運が良かった。
僕が吊革に掴まってただひたすらに無心に時が過ぎるのを待っていたら、
目の前の座席に座っていた兄ちゃんが途中下車で降りて行ってくれたんです。

いよぉおおっしゃあああぁ!
目的の駅まで狂ったように、狂四郎の如く眠ったるぁああ!
と思いながらものすごいフットワークで着席。
よし、これで惰眠を貪れる!と、ふと正面を見たら
なんか50代くらいのオバちゃん?オバアちゃん?
思春期の乙女の如く微妙な年頃の女性が立ってるんです。

なんかね、これ見よがしにデカイ荷物を足元に置いて立ってるんです。

またこんなん言うと「いいカッコしぃが!」とか思われそうで嫌なんですけど、
これは席を譲ったほうがいいのかなと思ったわけなんですよ。
だって僕の隣もオバちゃんですし、僕角の席ですし、
立つなら僕しかいないじゃないですか。

立つのはいいんですけど、そこでまた問題発生ですよ。
どうやってこいつに席を譲るか。

まあね、普通の人なら「どうぞ♪」とかほざきながら
その微妙な年頃の乙女に席を譲ることでしょう。
でも僕はそれがどうしてもできない。

だってそんなん、めちゃめちゃいやらしいじゃないですか。
何?どうぞって。
めちゃめちゃ「譲ってあげますよ」って
自分が上に立ってもの言ってるじゃないですか。
しかもですよ。しかもですよ。
その後どっちかが降りるまで目の前にいることになるんですよ。
もう耐えられないわ。
僕が譲ってもらったほうなら「こいつに譲ってもらったんだ」って
ずーっと気になりますもん。
僕が譲ったほうでもなんかいやーな空気じゃないですか。
まわりのやつらも「あ、こいつ席譲った」って思うじゃないですか。
そんなん絶対耐えられない。

でも今僕は目の前の微妙な年頃の女性に席を譲らなくてはならない。
人として!

そんなわけで次の駅に着くなり、ごく自然に、しかしその微妙な年頃の乙女以外の
人間に座らせないよう工作をしつつ下車。
人の流れにのって3両くらい離れた車両に再乗車しました。

まあ、こんなこと日記に書いてる時点で僕も十分いやらしいんですけど。
でもねえ・・・すごいわ、
面と向かって「どうぞ♪」とか言って席譲れる人。
2005.11.10
電車内でよくある広告。

「○日無利子からキャッシング!」

その横に

「○○法律事務所」



金は(一部で)確実に回っている。
2005.11.9
綺麗な花にはトゲがある、という言葉があります。
まんまな例えですけど、例えばバラ。
その美しい花の下、茎には鋭いトゲがあり、
花の美しさに惹かれて無闇に近づくと怪我をすることがあります。

これを女性に例えてみましょう。
まあ本来花ってのは種子植物の生殖器官なので
これを女性に例えるとほのかにエロイとかじゃなくストレートで性器の話に
なってしまうので、今回はそういった生物学的な花の話はやめときます。
僕にとって女性器なんてUFOクラスで未知の物体ですし。

でまあ花を女性に例えますと、花がいわゆる外見ですよね。
そしてその花に隠れている部分、トゲがいわゆる性格としましょう。
それでいきますと外見はものすごくかわいい、綺麗なのに性格がヒドイ。
そんな時にこの言葉は使えます。

まあウダウダと前フリしてきたんですけど、僕は何が言いたいのかといいますと、
「ツンデレ好き」っているじゃないですか。
この人たちは、ものすごい愛をもっているなと思うわけです。

素人は「優しくて、気配り上手で・・・そんな子がいい!」とかのたまうのですけど、
ツンデレ好きは違う。
「気が強くて自分勝手で、全然気配りなんてしなくて・・・そんな子がいい!」
これがツンデレ好きです。

外見はそこそこかわいい、綺麗なので近づいて見ると性格がツンツンしている。
ここで愛の足りない素人さんは脱落ですよ。こいつら花の部分しか見ていない。

しかしツンデレ好きって奴らは、花の部分に惹かれて近寄って
トゲに気付くのだけれどそのトゲすらも愛する。その全存在を愛する。
それがツンデレ好きです。

綺麗な花にはトゲがある、だがそれがいい!


そんな風に大きな愛を、僕も持ちたい。
2005.11.7
「お前も俺も、自分の言葉で語っていることは何一つないんだよ」


そんなことを知人に言われました。
何かを説明しようとしたり、何かを表現しようとした時に
どうしても過去の誰かの言葉を使ってしまう。或いは似てしまうという事みたいです。
パクリではなく自分の頭で表現してみろ、と。


そんなん言われたって、どうしようもないですもん。
自分の考えを偉大なる先達が先に表現してしまっていたら、
どう頑張っても最初にやった人は越えられない。
それはパクリだといわれてしまう。

完全に自分の頭だけで思いついて表現しても、
自分の知らないうちに誰かがやっているかもしれない。
その誰かを知っている人から見れば、自分はパクリに見えるだろう。

そんなんどうしようもないですもん。
そういうものが文化なんじゃないか、なんて思います。
2005.11.1
先日知人宅へと向かう為に、夕方の18時頃なんですけど、電車に乗ったんですわ。
まあ休みの日の夕方下り電車ということでいい感じに空いておりまして、
一両に十数人程度の乗客しかいなかったんです。

でまあ僕はルンルン気分で座席に座ったんですけど、
斜め向かいに女の子三人組が座ってたんです。
パッと見た感じ小学生〜中学生程度の女子ですわ。
なんか三人でお買い物でもしてきたのか、私服で楽しそうにお喋りをしていたんです。

でまあ車内も空いていますし、自然と三人の会話が聞こえてくるわけなんですけど
なんかものすごい会話してるのな。

「○○さんって誰かと付き合ってるのかなぁ」
「あ〜、でもあの人フッてそう。『ごめんなさい』とか言って」
「あ〜、そうかもね〜」

こっちの印象としては、小学生高学年〜中学1年生とかそのくらいの印象でしたから
すごいビックリした。
まあよくよく考えればこんな会話なんてカワイイもんなんですけど
それを目の当たりにした僕はひどく狼狽したわけなんですよ。

「このあいだ○○と○○さん、手繋いで一緒に帰ってたよ」
「一緒に帰るのはいいけど、手繋ぐとかありえない」

なんて会話を『これがプリキュア世代ってやつか!』とか思いながら聞いていたり

「○○さん、夜中の1時とかに親の目盗んで外で○○と会ってるらしいよ」
「え〜、きつくない?」
「うん、夜中の1時から4時くらいまで話して、ちょっとだけ寝て学校行ってるらしい」
「そんなに話したいんだ〜」

とかそんな世界の中心で叫ぶような行為の経過を聞いたりしつつ
目的地まで乗ってました。
断じて盗み聴きじゃないぞ!あんなん絶対聞こえるっちゅうねん!

僕の目的地付近の時の会話なんて
「いいんだ、私サッカー部攻めるから(はぁと」
「サッカー部の一年生にカッコイイ子がいるよね」
とかそんなこと言い出す体たらく。
この時点で「こいつら中学生だったのか」と初めて思ったわ。
更に言うとお前ら中学2年か3年だったのか。
全然見えんわ。

そんな風に中学生ギャル共の
「彼氏ほしいなぁ〜」とかいう会話を聞きながら電車に乗ってまった。

こいつら僕の歳になるまえに絶対破瓜を迎えるな、とか考えて
ちょっとヘコみましたわ。

中学生ですら経験するというのに、俺ときたら・・・
いや、中学生だからか?