テキスト
悲しき飢え
「やめるんだ、バイキンマン!」
「出たなお邪魔虫め!」

俺様がバイキンUFOを操りカバオたちが学校で作ったシチューを奪おうとしているとアンパンマンが空から降ってきた。シータかてめぇは。
俺様は自慢のバイキンUFOからマジックハンドを出してアンパンマンを殴ってやる。クリーンヒットだ。ざまあみろ。
「顔がつぶれて力がでない〜」
奴は情けない顔で嘆く。元々てめぇの顔は整ってねぇんだよ。
「アンパンマン! 新しい顔よ!」
ジャムおじさんとバタコ達がアンパンマン号に乗って駆けつける。どこで見てたんだ。
バタコが新しい顔を持ち、投球フォームに入る。そうはさせまいとバタコを妨害してやるが、恐ろしいほどの回転を加えた鬼のようなカーブを投げ、アンパンマンにヒットさせる。
何て奴だ。メジャーに行けメジャーに。
「元気百倍! アンパンマン!」
アンパンマンは新しい顔を得てめちゃくちゃテンションが上がってる。うぜぇ。
俺様がもう一度殴ってやろうとマジックハンドで攻撃するがするする避けられる。毎度の事ながら恐ろしい飛行能力だ。
「アーンパンチ!!」
ガシャン! という衝撃音と共に奴の声が聞こえた。俺様は吹っ飛ばされながら「バイバイキーン!」と叫んだ。やれやれだ。


目を覚ますと自室のベッドの上だった。時計を見ようと体を起こすと節々が痛い。クソが。
なんとか時計を見るとAM9:00だった。痛みをこらえながらベッドを降りて窓のカーテンを開ける。
窓の外は相変わらずどんよりとした曇り空だ。嫌になる。

俺様はよろめきながらキッチンに向かった。
途中ドキンちゃんの部屋から「食パンマン様!(ブッブブブッブブブー) もっと!(ブブブブヴィヴィッ) も゛っど突いてぇえ゛〜ッ!(ヴィヴィヴィイヴィヴィヴィヴィヴィ)」というあえぎ声と共にやたらでかいモーター音が聞こえる。
やかましいオナニーだ。痴女め。

キッチンにたどり着くと、コップに水を入れて飲んだ。美味い。
気まぐれに冷蔵庫を開けてみる。当然のことながら何も無い。なんでこんなものを運び込んだのかと自分に説教がしたくなる。
冷蔵庫を閉めて水を飲み干すと、バイキンUFOのあるガレージに向かった。

ガレージは広々としていて、俺様の作ったバイキンUFOとドキンちゃんのドキンUFOが格納してある。ドキンUFOて。
バイキンUFOは前回アンパンマンに殴られたせいで、酷い有様だった。
コクピットのキャノピーはひび割れていて、その下部はぼこぼこにへこんでいる。キャノピー上の2本のアンテナは折れ曲がっている。
毎回毎回よく死なないものだと思う。

俺様はバイキンUFOの修理に取り掛かる。
キャノピーを取替え、フレームを直し、アンテナも交換した。精密機器の動作確認をして、故障箇所は修復する。修理というより新しく作ってる感覚だ。
だがこうして汗とススにまみれながら作業をしているのは嫌いではない。むしろ心が安らぐ。鉄は俺様を否定しない。無機物は俺様を拒否しない。

全ての修復が終わると、昼を大分回った時間だった。
俺様はガレージシャッターを開け、外の空気を吸い込んだ。湿った風だった。
絶壁に囲まれたこの城の周りには何も無い。鳥だってここまで飛んでこないし、植物だって育たない。ただビュウビュウと吹く風が俺様の鼓膜を鳴らす。

ガレージシャッターを閉めると、またキッチンに行って、水をゆっくりと飲んだ。
UFOを直しているときには忘れていた空腹がふいに襲った。そういえばおとといから何も食べていない。
周りを見回すと流し台にドキンちゃんのドロップがあったので舐める。中に入ってたのはおはじきだった。何でこんなもんがあるんだ。死にたくなる。
ドキンちゃんいつか犯す。

俺様がどういう体位でやってやろうかと考えていると、ドキンちゃんが火照った顔で現れた。
幾分息が荒い。何時間オナニーしてんだてめぇは。
「オナカ減った」
「俺様もでございます」
「私ローストビーフが食べたい」
「ああ、それは良いでございますね」
「とって来て」
「かしこまりました」

俺様は食べ物を探しに出かけることにした。
ローストビーフ。ローストビーフを探してこなければ。ていうか何がローストビーフとって来てだ馬鹿。
木に成ってるとでも思ってるのかローストビーフみたいな顔しやがって売女め。いつか犯す。

人里に下り、バイキンUFOでふらふらと空中遊泳する。ローストビーフローストビーフ。
眼下に広がる森を眺めていると、点々と赤いものが見える。なんだろう。
降りて確認してみると、それは真赤に熟したリンゴだった。ジュルリ。俺様はそれをしばらく眺めた後、意を決して木を上って一つリンゴをもいだ。
瑞々しいそのリンゴは、俺様の手の中でグズグズと腐敗していった。俺様はそれを眺め、完璧に腐ってしまうのを見届けると投げ捨てた。
腹が空き過ぎてテンションが下がったので少し休憩することにした。
リンゴの木を背もたれにして座り、ぼうっと空を眺める。鳥が気持ちよさそうに空を舞う。焼き鳥食いたい。

「……ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ。ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ。」
どこからか気味の悪い歌声が聞こえてきた。あたりを見回すと森の入り口に人影が見える。
「ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ。ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ。」
人影はこちらに向かってくる。怖くなってきたので木の後ろに隠れて様子を見ることにした。
「ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ! ビーフッ、ビーフッ、ビーフッフッ!」
人影は俺様の隠れている木を通り過ぎて行った。前を通っていくときによく観察してみる。

……ローストビーフが歩いている。
ローストビーフが頭についた人が歩いている。
ありえない。腹が空き過ぎてついに幻覚が見えるようになってしまったのか。正気に戻れ!

「あ、ローストビーフさん、今迎えに行こうとしてたところなんですよ」
俺様が自分自身と戦っていると、別の声が聞こえた。
見てみるとアンパンが頭の生き物がローストビーフに話しかけていた。待て待て、落ち着け。正気に戻れ。そんなことはありえない。アンパンが頭の人間なんて……それってアンパンマンじゃね?

落ち着いて良く見てみる。確かにアンパンマンだ。アンパンマンがローストビーフと話している。『ローストビーフさん』?
しかしよくよく考えてみるとアンパンが頭の人がいるんだからローストビーフが頭についた人がいてもおかしくは無い。頭が親子丼とかの性犯罪者みたいな奴もいるんだ。ローストビーフがいてもおかしくは無い。

ということはあのローストビーフは食べられるということだ。よしよし。ジュルリ。
これでドキンちゃんに献上するものが手に入る。いつか犯す。

「それじゃあ、ジャムおじさんの所にいきましょうか」
「そうでビーフね」

何が『そうでビーフね』だ。脳みそスポンジなんじゃねえか。
そう考えながら頭上のリンゴをひとつ静かにもぎ取る。リンゴは見る間にグズグズと腐敗していく。
十分に腐ったところで、アンパンマンの頭をめがけて思いっきり投げつける。

グシャ!
「うわあぁっ!?」
「ア、アンパンマン!?」

やったッ! ヒットだッ!
俺様は颯爽と登場する。「ハーヒフーヘホーーー!!」
やばい。テンション上がる。

「バ、バイキンマン……!」
「クケケケケ。ローストビーフ、お前には俺様と一緒に来てもらうぞ!」
「な、なんでビーフって!?」
だから何だ「なんでビーフ」って。鬱陶しい奴だ。
「お前には俺様の食事になってもらうのだ!」
「や、やめるんだバイキンマン……!」
「やかましいこの粒あん! 顔が汚れたお前に勝ち目は無い。さあ来るんだローストビーフ!」
やばい、近づいただけでこの芳醇で濃厚な肉の香り。狂いそうだ。
「お前なんかの食事にはならないでビーフ! 肉汁飛ばし!!」
ローストビーフの頭から何かが飛んできたと思った瞬間、目に激痛が走る。
「ぎゃあああ! 目が! 目があぁぁぁ!!」

目の焼けるような痛みに地面をのた打ち回っていると、どこからかモーター音が聞こえてきた。
まさか、ドキンちゃんが助けに来てくれたのだろうか。ドキンUFOに乗って助けに来てくれたのだろうか。
「もう、しょうがないなバイキンマンは。私がいないと何も出来ないんだから。ほら、さっさと家に帰ってローストビーフを食べて、そのあと私を食べて」的な展開が待っているのではないか。

「アンパンマン! 新しい顔よ!」

バタコだった。
希望は最大の災厄だという話を思い出した。
目が見えないのでどうすることもできない。そもそもバイキンUFOすらない。

「元気百倍! アンパンマン!」
アンパンマンのテンション高い声が聞こえる。うぜぇ。
「許さないぞ! バイキンマン!」
許してもらわなくても良い。何か食わせてくれ。
「アーンパ――」
「腹が……減ったんだ」

俺様は思いがけず声を出していた。
「腹が減って死にそうなんだ。水しか飲んでない」

未だ目は見えないが、覚悟していた衝撃は無かった。少しの間があり、何かがが俺様の頭に触れた。

手だ。
誰かが俺様の頭を持ち上げている。どこか懐かしい、温かい手だった。
「さあ……これをお食べ」
アンパンマンの声が聞こえた。俺様が手を伸ばすと、何かをつかまされた。
「僕の顔だ……。美味しいよ」
俺様はすぐさまそれを食べた。アンパンマンに支えられながらほうばった。
粒餡だった。うまい。甘い。小豆がホクホクしている。パンもふわふわだ。うまい。酸っぱい。苦い。

おかしい。アンパンが酸っぱくて苦いはずはない。
俺様は霞む目を擦りながらよくパンを見てみた。それはアンパンマンの古いほうの頭だった。
俺様が腐ったリンゴを投げつけた頭だった。アンパンマンを見ると、ニコニコと満足げに微笑んでいる。
ふざけんな。普通だったらてめぇの頭を一部とって食わせるんじゃねえのか。汚れた古いパンを食わせるってどういう了見だ。だがうまい。とまらない。甘い。酸っぱい。
結局パンを全て平らげてしまった。アンパンマンの腕に抱かれながら。

古いパンを食わされた怒りはもちろんあるが、やつの腕の中は心地よかった。久しく忘れていた温かい感覚だった。
「美味しかったかい? バイキンマン……」
「ああ、うまかった……。少し酸っぱかったがな」
俺様は腕の温もりを惜しみながら体を起こす。
「ごちそうさま、アンパンマン。オナカいっぱいだ」
俺様が微笑んで言うと、アンパンマンとローストビーフも満足げに微笑んでいた。
「今度からおなかが空いたら僕に言うといいよ」
「ああ……ありがとう」
そこで俺は重大な使命があったことを思い出す。
「じゃあひとつ頼みがあるんだが、ローストビーフを分けてもらえないか。ドキンちゃんにもっていってやらなければいけないんだ」
俺様はローストビーフに言ってみた。
「……大丈夫ですか? ローストビーフさん」
アンパンマンも問いかける。
「……ダメ」

「いや……少しでいいんだ。少し分けてもらえれば……」
「ダメ」
「…………」
「…………」
「…………」

空気読めよと思った。一気に険悪ムードじゃねえか。
しかし俺様も諦めるわけにはいかない。ドキンちゃんには逆らえない。いつか犯すが。
俺様はため息を一つつくと言った。
「そうか……上等だ! 力ずくでもいただく!!」
俺様はローストビーフに飛び掛る。
「僕はそんなに安い肉じゃないビーフ!」
「あづうぅぅぅ! 目がああぁぁぁ!!」
また肉汁をかけられた。クソこの肉塊が。何でいつもアツアツなんだ。
またしてものたうちまわっていると、やつのいつもの声が聞こえてきた。
「アーンパーンチ!!」
強い衝撃と痛みが全身を襲う。
だけど俺様はその瞬間、奇妙な心地よさを感じた。


そうだ。さっき感じた懐かしさの原因はこれだったのだ。
俺様にふれるやつはアンパンマンしかいなかったのだ。俺様が知っているヒトの温もりはア
ンパンマンの拳だけだった。
俺様が触れたものは全て腐食した。花は散り、果物は腐り落ち、動物は俺様を忌諱してより
つかない。ドキンちゃんは俺様を罵るだけだ。
アンパンマンの拳だけが、俺様の知っているぬくもりだった。

「バイバイキーン!!」
俺様はバイキン城の方角に吹っ飛びながら笑った。


「で? ローストビーフは?」
「申し訳ありません。アンパンマンに邪魔をされまして」
「邪魔されようが何だろうがもってくるのが貴方の役目でしょう?」
「いえ、あの、はい、申し訳ありません」
ドキンちゃんはバスローブを羽織った姿でソファに座り、俺様は床に正座していた。
ドキンちゃんの赤い部分がぬめぬめと光っていて生々しい。またオナニーしてたのか。

「いい? 私は貴方がローストビーフを持ってくると思って待っててあげたのよ? それなのにアンパンマンに邪魔されたくらいで諦めるなんてあきれるにも程があるわ!」
相変わらずうるさい売女だ。居候してるのはそっちじゃねえかこの淫乱。いつか犯す。
俺様は我慢できなくなり、言った。
「では御自分で取りに行かれたらいかがでしょう?」
瞬間、頬に凄まじい痛みと衝撃が走った。
だけど俺様はその瞬間、奇妙な心地よさを感じた。

ぬくもりだ。あたたかさだ。
ドキンちゃんの拳はやわらかくて暖かかった。もっと殴って欲しかった。


そうして俺様はマゾに目覚めた。
屋上
灰色に広がる曇り空。緑色のフェンス。その奥に広がる町並み。空と同じ灰色のコンクリートの屋上に座る学生服の少年。
学生服の内ポケットから煙草を取り出し火を点け、空と同じ灰色を吹き出す。揺れる灰色の煙だけが時間を刻む。
「あたしにも一本頂戴」
少年が振り向くとセーラー服を着た少女が立っていた。
髪は短く切り揃えられ、眼鏡を掛けている。
少年は先程と同じ様に内ポケットから煙草を取り出す。その間に少女は少年の隣に座り、出された煙草を受け取り火を点ける。
「女の喫煙ってフェラチオの代償行為なんだって」
煙を吐きながら少年ににひひと笑いかける。
「煙草の太さは乳首の太さと同じらしいぜ」
少年は煙草を咥えながら気の無い風に言う。
「男って馬鹿だもんねー。あたしのおっぱい吸いたいでちゅかー」
「うるせー馬鹿。今のお前の台詞の方がよっぽど頭悪そうだっつうの」
「あら、あたしの立場解かって言ってるの?委員長よ。委員長様なのよ」
「お前こそ立場解かってんのか。委員長が授業中に屋上来て煙草吸ってんじゃねえよ」
「委員長の正当な業務よ。『せんせー、桐生君が居なくなってるので探してきまーす』って」
「お前俺をダシに使って煙草吸いに来てるだけじゃねえか。この不良メガネが」
少女が眼鏡を外し少年に掛けさせる。
「これであたしは不良メガネじゃないわ。ふふん。この不良メガネが!」
少年の口調を真似ながら言う。
「うっとーしーなてめーは」
眼鏡を外しながら言う。
少女は少年の手から眼鏡をとり制服の内ポケットに仕舞い、座っている少年の正面からズボンのチャックを下ろす。
「おい、何やってんだお前は」
「フェラチオ」
少女は手早く少年の陰茎を取り出し、舌先で突付くように舐める。
「おい……『フェラチオ』じゃねえっつうの」
「こんなカチカチに勃起させてんのに何言ってんの」
少女は一瞬口を離しそう言うと、亀頭部にくるくると舌を這わせてそのままずるりと陰茎をのみこむ。
「っ……チッ」
深く灰色に覆われた空のしたで、水音と少年と少女の吐息が響く。少年の足の間で、少女の頭がゆるゆると揺れる。
「おい……もう、出る……」
「んふ、ン……フ……」
少年の言葉を聞き、少女の動きが激しくなる。
少年は歯を食いしばり、痛みに耐えるような表情になる。
水音も二人の吐息も激しさを増す。
「っ……出る……!」
「ん……っく……フ……」
少年は少女の口腔内に射精し、少女はそれをコクコクと喉を鳴らして嚥下する。射精が収まった後も、少女は尿道をすすり精液の残滓を舐めとる。
全てを舐めとると顔を上げ手の甲で口を拭い、少年に顔を近づけて耳元で囁く。
「気持ちよかったっしょ?」
「うるせーよ!」
少年は少女から離れ、ズボンのチャックを上げて制服の内ポケットから煙草を取り出そうとしてなくなっているのに気づく。
「へっへっへー」
にやりと笑う少女の手にはマールボロの箱とライターがある。
「てめー、街中でスリとかやってんじゃねえだろうな」
「あんたにしかやんないよ。こーんな美少女にフェラチオしてもらったんだから煙草1本位いいじゃない」
少女は箱から煙草を取り出し、ライターで火をつける。
「別にやらねーとは言ってねえよ。いいから俺にも吸わせろ」
「あたしの乳首?」
「そんなん一言もいってねえっつうの。煙草だ煙草!」
そう言って少女の手から煙草とライターを奪い取る。
「ったく。お前が女じゃなかったらぶん殴ってるぜ」
「あたしだってあんたが男じゃなかったらフェラチオなんてやんないよ」
少女は大きく煙を吸い込む。
「あー、煙草が青臭い。あんた濃すぎ」
「うるせーな。じゃあフェラチオなんてすんな」
「言ったでしょ? 喫煙はフェラチオの代償行為なんだって。じゃあフェラチオだって何かの代償なのよ。ホンモノなんて手に入らないから、みんな何かで代償するのよ」
「俺のチンコは代償かよ」そう言って少年は煙を吐き出す。
その様子をみて少女はにひひと笑い「拗ねるな、拗ねるな」と言う。
「別に拗ねてなんてねーよ馬鹿」
少年はあさっての方向を向き、吐き捨てるように言った。
空を覆う灰色の雲がゆっくりと流れていく。
「……あたしは、拗ねちゃうな」
「あ?」
「あたしは、何かの代償にされたら拗ねちゃうよ」
少女はフェンスに手を掛け、灰色の町並みを眺めながら言う。
少年は少女を見ながら、煙を大きく吸い込み、そして吐く。
「俺はお前を何かの代償にはしてねーよ」
少女は寂しげににひひと笑う。
「そりゃそう簡単にフェラチオしてくれる美少女はいないもんね」
「茶化すなよ」
「茶化してないよ。フェラチオとかセックスとか、肉体的に繋がれる相手ってきっと大事なんだよ皆。だから失くした時に代償を探すんだ。あたしはきっと母親の代わり。あたし自身の母さんの代わりだよ」
「何いってんだよ。お前がお前の母親の代わりなんて意味わかんねぇじゃねえか」
「あたしにとっての母さんはもういない。でも、父さんにとってあたしは母さんの代わりなんだよ。知ってるでしょ? あたしの父さんの話」
少年は目を伏せ、コンクリートの地面をにらむ。
「……くだらねぇ」
「ホント、くだらないよねぇ? 男ってみんな馬鹿っしょ」
笑う少女を少年はキッとにらむ。
「馬鹿はお前だっつうの。いちいちそうやって小難しく考えるんじゃねえよ。誰かがお前を代償としてみたとしてもお前はお前じゃねえか」
「だから馬鹿なんだって。自分なんて結局他人がどう見るかってだけなんだから。父さんだってあたしがいなくなったらまた別の母さんの代償を探すだけ」
少年は立ち上がり、少女に近づきフェンスに手を掛ける。
「俺はお前を代償だなんて思ってない。俺は……」
言いかけた少年の唇を少女の唇がふさぐ。
全てが静止した灰色の世界で、少年と少女とフェンスだけが彩られている。
しばらくして少女の唇が離れる。
「煙草くさいね、あんた」
少女がにひひと笑う。
「……お前だってそうだろうが」
少女はそうかもねと言って笑い、フェンスを離れ階段へと続くドアへ向かっていく。
少年が声を掛けようとした時に、ふと少女が立ち止まり振り向いた。
「あたしはダメだ。あんたをもう代償として使っちゃってる。あたしにとってのあんたは、父親の代償なんだよ。だから、あたしはダメ」
そう言って少年に小走りで近づき、抱きつく。
「……おい」
少年が少女の背中に手を回そうとした瞬間、少女がさっと離れる。
「煙草、もらっとくね」
少女の手にはマルボロのパッケージとライターがあった。
「あ、てめー、またかよ!」
「明日まで禁煙しなよ。明日またここにくるからさ」
そういうと、少女は階段へと続くドアを開け、「授業終わっちゃうよ」と笑って下に降りて行った。

独り残された少年は、灰色の空を見上げながら呟いた。
「そんなことしなくても、俺はお前を待ってるよ」
虚構少女
―とある新宿の居酒屋。
テーブル席で4人の男女 ―正確には3人の男性と1人の女性― が酒を飲んでいる。

「いやぁ、こうして美少女ゲームキャラクターさんと一緒に酒が飲めるなんて、オタク冥利に尽きますよ」
空調が効いている店内にもかかわらず噴き出してくる汗をせっせとハンカチで拭いながら、太った男が言った。
「いやーありがとうございます。そういってもらえると私も美少女ゲームキャラクター冥利に尽きます」
そう言った女性は、女性というよりはむしろ少女といったほうが適切なほどに幼い顔立ちをしていた。
身長も中学生ほどしかなく、ただ胸だけが成人女性のそれと同程度の隆起を作っている。
「あの、美少女ゲームキャラクターさんは確かハタチでしたよね? 体は小さいけれどハタチ、しかも巨乳、ってので18禁ゲームに…」
太った男の隣に座っている、頭にバンダナを巻いた眼鏡の男がたずねる。
「あ、そうですよ。今年間違いなくハタチです。酒も煙草もいけますよ。ソフ倫もばっちりです」と少女が笑う。
「も…萌え……」
バンダナ男の隣に座る、ガリガリに痩せた男が呟く。

少女がビールを飲みながら言う。
「いやぁ、でもねえ、美少女ゲームキャラクターってそんないいモンじゃないですよ? そりゃゲーム中じゃやらないですけど、どうですか実際。私なんてバンバンお酒飲みますしバンバン煙草吸いますからね」
「そこがいいんじゃないですか。そんなに小さくてかわいい美少女ゲームキャラクターさん
が煙草なんて…萌えるなぁ」
「あ、萌えるんですか」
「美少女ゲームキャラクターさんは、喫煙はフェラチオの代償行為って話どう思います?」
「いやぁ、やってみた感じ全然違いますけどね。煙吸い込む時とバキュームする時はまあ若干似てる気はしますけど」
「ああ!エロネタにも乗ってくるなんて、いいなぁ、最高だなぁ!」
「今の話そんな興奮しますか」
「も…萌え〜……」
「それしか言わないじゃないですか」

少女が続ける。
「いやいやでもね、美少女ゲームキャラクターなんてそんないいもんじゃないですって。皆さんって何か私のこと純粋みたいな感じでみてますけど、実際全然そんなんじゃないですから。満員電車でオヤジウゼェとか、たまに改札のとこで前の人がsuica通し損ねてると、チッとか思いますからね」
「あぁ、いいなぁ。満員電車でおっさんにぎゅうぎゅうにされる美少女ゲームキャラクターさん…はあぁ……」
「あ、そこでうっとりするんですか」
「電車に乗り込んでいく大勢の人たちを見て、僕は子宮に群がる精子を連想するんですけど、美少女ゲームキャラクターさんはどう思います?」
「まあ乗り物の振動って胎内の振動と似てるとかなんとか聞いたような気がしますけど」
「ああ! エロ連想力もあるなんて、いいなぁ、最高だなぁ!」
「いやビールこぼれてますよ。興奮しすぎですって」
「も…萌え〜……」
「それしか言わないじゃないですか」

少女が続ける。
「でもね、皆さん萌えるとか言ってくれますけどね、実際そんなんじゃないですからねホント。私なんて最近ビール飲みすぎてお腹がちょっとアレですからね。一応美少女ゲームキャラクターなんで腹筋してしのいでますけど。あ、そうそう、何気に盲腸の手術痕とかありますからね」
「いいじゃないですか。『盲腸の傷痕があるの』なんて恥ずかしそうにシャツをめくる美少女ゲームキャラクターさん…萌えざるを得ないなぁ」
「萌えざるを得ませんか」
「美少女ゲームキャラクターさんはアナルセックスについてどう思います?」
「まあ排泄も一種の快楽と考えれば、お尻に何かが出入りするのは快感になりえるのかなぁとは思いますけど」
「ああぁ! あああぁ! ああああぁぁぁぁ!!」
「いやいや興奮しすぎですって。ていうか盲腸と関係ないですよ」
「も…萌え〜……」
「それしか言わないじゃないですか」

少女は続ける。
「いやいやいや、でもね皆さん…」


―眠らない街、新宿の夜はこうしてふけていった。
それは愛のかたち
好きな人が出来た。


私は汚くてぼさぼさで、親の顔も知らないけれど、それでも今まで独りで生きてきた。
誰の手も借りずに、自分の力だけで生きてきた。

そんな私に、好きな人が出来た。

あれは私がヘマをしたときだった。
いつもの魚屋で一匹サンマを拝借しようとした時に、いつも目をつけていたのだろう、魚屋の主人に捕まってしまった。
私は首根っこを掴まれ「この泥棒猫が。どうしてくれよう。保健所に引き渡してやろうか」という主人の言葉を聞いていた。
内容はわからないが、語調から呪詛の言葉であるのだろうと想像がついた。
唯一意味を聴き取れた単語が「保健所」だった。「保健所」に行ったら二度と出てくることができないと聞いたことがある。私は覚悟を決めた。
どうということはない人生だったのだ。いつ死のうと変わりはないと思った。

そんなときに彼はやってきた。
「その仔は僕の猫なんです。放してやってもらえませんか」

彼は穏やかな口調で主人と何事か喋り、その後私は彼の手に移された。
魚屋を離れる間、彼は私を抱き、優しく首筋を撫でていた。十分に魚屋を離れると私を下ろし、主人から買い取ったサンマを渡しながら彼は私達の言葉で言った。
「もうあの魚屋さんからは盗ってはいけないよ」
私はわけがわからず激昂した。何故私を助けた。私は独りで生きてきたのだ。私がどこで何を盗って食べようが、私がどこでどう死のうがお前には関係のないことだ。
すると彼は哀しそうな目をして私達の言葉で言った。
「気に障ったのならすまなかった。確かに僕の自己満足だ。特に他意はない。ただ、放っておけなかったんだ。僕がオヤツのドラ焼きを我慢する程度で君が助かるのなら、君を助けたかったんだ。ただそれだけなんだ」

その晩私はなかなか寝付けなかった。
私は今まで独りで生きてきた。誰の手も借りず、ただ私だけの力で。だけど今日のあの時、私は確かに彼の庇護の下にいた。彼がいなければ今頃は「保健所」の中に居ただろう。
私は無性に腹が立った。今までの私の自信を崩した彼に。今までの私を否定した彼に。
私はどうすれば今までの「私」を取り戻すことができるかを考えた。そうだ、彼はあの時「オヤツのドラ焼きを我慢する程度で――」と言っていた。
私が「オヤツのドラ焼き」を彼に渡せば、自分の力で魚屋から逃れたことにはならないだろうか。
少なくとも今のこのわだかまりを幾許か軽くすることができるのではないだろうか。
明日、彼に「ドラ焼き」を持っていこう。そう決心して私は眠ることにした。

次の日、私はそこらの人を捕まえて話を聞き、「ドラ焼き」というものを必死に探した。
道端で歩いている人を捕まえ、昼寝している人を起こし、食事中の人にも聞いた。
そうしてようやく駅前の商店街の一角に「ドラ焼き」があるということを聞き出した。
その店の中のガラスケースの中に、「ドラ焼き」はあった。
魚屋のように店先に並んでいるものであれば盗むことも出来たが、あれでは到底盗むことは
できなかった。何より、盗んで得たものでは彼に受け取ってもらえないかもしれない。それでは私の自信や今までの強さを取り戻すことは出来ない。

しばらく店の前をうろうろしていると、店内から人間が出てきた。うまくいけば「ドラ焼き」の一つも恵んでもらえるかと思い、私は媚びた声で鳴いてみた。
すると彼は片手を上げて威嚇するような声を出しながら私に詰め寄ってきた。追い払おうとしているのだろう。
私はそこから逃げ出し少し離れた物陰から様子を伺っていたのだが、彼は店内に入っても私に注意を向けていたのであきらめることにした。

しかしとにかく私は借りを返さなくてはならない。
「ドラ焼き」は手に入らない。だが私達と同じ言葉を話す彼ならば、私達が喜ぶようなものでも喜んでくれるのではないだろうか。私はそう考えて鼠を捕りに行った。

この近辺は私のような野良が多いために、なかなか鼠が見つからなかった。民家の庭を探し、細い通路を探し、草の生い茂る空き地を探した。
そして日が沈み始めた頃、ようやく鼠を捕まえることに成功した。まるまるとしたいい鼠だった。
さて、と私は思った。
彼への贈り物は手に入ったが、肝心の彼がどこにいるのかを知らなかったのだ。あまり気は進まなかったが、彼と出会ったあの魚屋の周りを探してみることにした。
しかしそうそう都合よく彼を見つけることは出来なかった。
私のような野良ならばともかく、彼はおそらく飼われているのだろう。あの発言や毛並みを見ればそれは簡単に解かった。
もうすぐ日が沈んでしまう。

途方にくれて夕日を見上げたその先に、彼はいた。
あの青い体の後姿。今は夕日を映して赤く染まっているが、民家の屋根の上に座っているのは彼に間違いない。
思えばあのときからずっと彼のことばかりを考えていたのだ。間違えるはずがない。
私は嬉しくなって、急いで屋根の上に上がった。

しかし屋根の上にいたのは、彼と一匹の白い猫だった。

彼の隣にいた白い彼女は美しかった。
夕日の緋色を受けてもなおきらきらと白く輝き、むしろ夕日がその白さを引き立ててさえいた。
さらさらとさわり心地のよさそうな毛並みは整えられ、耳や背筋がぴんと張っているその後姿には気品が漂っていた。

私はふと自分の体を見て、とても恥ずかしくなった。
毛はぼさぼさで、鼠を捕った時のドロや汚れがこびりついたまま。彼女のしなやかな体と比べると、私はがりがりのやせっぽちだ。
汚い鼠なんかを捕ってきて、私はとんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。彼はそんなものを捕ってくる薄汚い私を軽蔑するんじゃないだろうか。
侮蔑を含んだ一瞥をしてあの夢のように綺麗な彼女とどこかへ去ってしまうのではないだろうか。私をおいて。

私がその場を動けないでいると、彼女が私に気づいて振り向いた。まるでつくりものの様に美しい顔立ちだ。
私を見て、彼女はくすりと微笑むと彼と一言二言交わして去っていった。
彼は彼女を見送り、私の方へ振り向いた。
紅く夕日に飲み込まれ体の境界線が曖昧になっている彼は、ふとそのまま消えてしまいそうだった。
彼は優しく微笑み、その丸っこい手でちょいちょいと手招きをした。私は誘われるままふらふらと彼の横に座った。

「やあ。また逢ったね。今日はどうやら魚屋の主人を困らせなかったみたいだね」
彼に言われ、私は鼠を銜えたままだったことに気が付いた。
私は鼠を放し、おずおずと彼に差し出した。
「――僕にかい?」
「昨日の魚の借りだ。『ドラ焼き』は手に入らなかったけれど。いらないのなら捨ててくれ。私の自己満足なんだ」
彼は苦笑しながら言った。
「気を使うことはないのに。ありがとう。君の厚意はとても嬉しい。だけど、その――恥ずかしい話だけれど、僕は鼠が大の苦手なんだよ」
「そう、なのか。悪かった」
私はもう一度鼠を銜え、屋根の下に放った。
「僕は君を悲しませてばかりいるね」
「別に、私は悲しんでなどいない」
そう言った私の声は、自分でもわかるほどに震えていた。
こんな気持ちになった事は初めてだった。自分の気持ちを受け取ってもらえないことが、こんなにも苦しくて惨めだったなんて。
「次は、『ドラ焼き』を手に入れてくる。借りは返す」
「気持ちは本当に嬉しい。だけど、あれは僕の自己満足の為にしたことなんだ。君が今ここで生きている、それだけで僕が嬉しいんだよ。それで完結しているんだ。別に貸し借りだなんて思っちゃいないよ」
「そうはいかない。それでは私がダメなんだ。私はお前に借りを返して、お前に助けられる以前の私を取り戻さなくてはいけないんだ」
「そうか……。でも僕は今日の夜遠いところに旅立つんだ。『帰る』という表現のほうが近いかな」
私は胸がびくんと跳ね上がるのを感じた。
何処へ行くんだ?もう逢えないのか?「あの、白い猫と一緒に行くのか?」
彼は一瞬驚き、すぐに微笑んだ。
「彼女とももう逢えないんだ。彼女には何度も振られていてね。情けない話だけどね。今日は最後のお別れにと話をしていたんだ」
「私が来たから、彼女は行ってしまったのか?」
「そうじゃないよ。もう話は終わっていた。ちょうど別れるところだったんだ。君をもう一度見れて嬉しかったよ。気に掛かっていたんだ」
私はうつむいた。不安や嫉妬や、わずかな希望や期待がぐるぐると体を駆け巡っている。どうして彼は私をこんな気持ちにさせるのか。
「ねえ、貸し借りはなしだと言ったけれど、僕のお願いを一つきいて貰えないかな。それで貸し借りは本当になしにしよう」
「……何をするんだ?」
私がそう言うと、彼は丸っこい手で私を胸に抱き上げた。
「しばらくこうさせていてくれないか? 君を抱いているととても穏やかな気持ちになれるんだ」
「よせ、私はこんなぼさぼさで、汚れているんだぞ。毛並みだって不揃いで……」
そう言って見上げると、彼は微笑みながら私を見ていた。
私を撫でる、彼の丸っこい手が心地良かった。
そうして彼と夕日に包まれながら、私は泣いた。

私はずっと誰かに、こうしてもらいたかったのかもしれない。
私は独りの力で生きてきた。誰の力も借りなかった。でもそれは誰も私の力になってくれなかったからだ。
彼に助けられた時、私は怒った。それは確かに彼が憎かったからだ。私の中に入り込み、私の弱さを許し、私に一抹の希望と期待をもたらした彼が憎かったからだ。
だけどそれは私に優しさというものを見せた彼が信じられなくて、どうしようもなく不安で、それを怒りによって塗りつぶそうとしただけなのだ。

本当は、私は――

「おかあさん……」


朝の空気と光に目を覚ますと、もう彼はいなかった。
私の体の汚れは落とされ、毛並みは手櫛によって整えられていた。彼の座っていた場所と
私の体には、彼のぬくもりが残っていた。
私は同じ場所でもう一度丸くなり、ゆっくりと昇っていく朝日を眺めていた。


私には好きな人がいる。
私に優しさとぬくもりを教えてくれた人だ。
この素晴らしきクソッタレな世界
僕は町から家に帰る途中だった。
僕の住んでいる場所はとんでもない田舎だ。山と森に囲まれた自然の多い町といえば聴こえはいいが、実際問題バスなんてほとんど通っていないし街灯なんて少し街から離れれば全く無い。殆どの人は車を持たず、どこへ行くにも歩いていく。
空気と水が美味しいなんていっているけれど逆に空気と水くらいしかないってことだ。
そんなド田舎の町外れを歩いている僕は、町から歩いて1時間の自分の家へと帰る途中だった。歩いているうちに太陽は空のド真ン中に上がり、昼時であるというのがわかった。
町にいるうちに昼食を済ませてしまえばよかった。
「腹が減ったなぁ」僕は独りで呟いて、とりあえず木陰で休憩をとることにする。
木にもたれながら町で買ったお茶を飲んでいると、突然空からマントをした男が僕の目の前に降り立った。
彼は顔が大きかった。その顔は彼の肩幅よりも大きく、真っ赤な鼻と頬と、そして記号的な表情が印象的だった。
彼は僕に歩み寄り、「オナカが空いているのかい?」と問いかけた。
彼はさっきの僕の独り言を聞いていたのだろうか。僕はそうだと答えた。すると彼は黄色い手袋をした手で自身の頭部を掴むと、一気に自分の頭の一部をむしりとった。
そして生まれたての子供が肉食獣の餌食になる様を見つめる親鹿のような目で彼は言ったのだ。
「ほら、これをお食べ――」

彼の手の中にあるそれはアンパンのように見えた。
パン生地に包まれてぎっしりとアンコが詰まったアンパンだ。
彼の顔(あの親鹿のような顔だ)を見ると、むしりとった部分からアンコが見えた。それを見て僕は理解した。
彼が噂に聞いていたアンパンマンなのだ。
この地に越してきたばかりの僕に町の住人は色々な事を教えてくれた。
「ここにはまあ何も無いが、そのぶん平和で穏やかに生きるには事欠かない。まあ君の村に行き来するには少々距離はあるがね。そうだ、もし君が町の帰り道などで困ったことがあれば大声でアンパンマンを呼べばいい。――なに、彼は言ってみれば町に於ける便利屋のようなものさ。気軽に呼ぶといい。なんたって正義のヒーローだからね」
どうやら「腹が減った」という言葉で僕はアンパンマンを召還してしまったらしい。なるほど確かに”アンパン”マンだ。
僕は確かに腹が減っていたし目の前のアンパンは魅力的に見えたので、彼からアンパンを受け取った。「ありがとう」
早速僕はアンパンを戴こうとしたのだが、彼が(あの親鹿のような顔でだ)じっと僕を見つめているのに気が付いた。
本人が見ている前でその頭の一部を食べるというのはどうにも居心地が悪いものなので、僕は彼に言ってみた。
「なあ、このアンパンを食べ終わるまでに少し時間が掛かりそうなんだ。悪いけれどもし僕が食べ終わるのを待っているつもりなら、そこらへんで適当に座っていてくれないか」
彼はその欠けた頭でうなづき、僕が座っている隣の木の下に腰掛け、空を眺めだした。
僕は「自己犠牲のウサギ」の話を思い出しながら握りこぶし3つ分ほどもあるアンパンを食べだした。
しかしいくら僕が空腹であったとしてもこんな巨大なアンパンを食べきるのは骨が折れた。
何しろ真ん中のあたりは殆どがアンコなのだ。
その上目の前にいる人(?)の体の一部を、その本人に見られながら食べるというのは心底居心地が悪い。僕は町で買ったお茶を殆ど飲み干してなんとか彼の頭の一部を腹に収めた。残すなんて事は到底できっこなかった。
僕は甘さで幾分気分が悪くなったが、なんとか笑顔を作り彼にお礼を言った。
「ありがとう、美味しかったよ」
彼は満足そうにうなづいた。親鹿の表情ではなく、記号的にニヒルな表情だった。

彼はそのまま記号的にニヒルな表情でズボンのポケットからマイルドセブンを取り出し、僕に一本すすめてくれた。僕がマイルドセブンを一本抜き取ってまた礼を言うと同じようにズボンから100円ライターを取り出して火を点けてくれた。そしてまた同じように自分の分のマイルドセブンにも火を点けて煙草とライターをポケットにしまった。どうやら僕は彼に好かれたらしかった。

「人間は久しぶりだ」と彼は言った。
「あの町を見たか? ウサギやらカバやらゾウやら、4足歩行の畜生だけだろう?」
僕は今までいた町を思い出してみたが、確かにホモ・サピエンスは僕だけだったように思える。
「あいつらは人間の真似をしちゃいるが、所詮は畜生。俺から言わせりゃ滑稽だね。動物にもなりきれず人間にもなりきれていない」
どうやら彼は町の住人が好きではないらしい。僕は買い物の最中で出会ったミミ先生(二本足で歩くウサギの女性だ)やカバオ君(二本足で歩くカバの男の子だ)を思い出して言った。
「でも、ミミ先生は親切だったし、カバオ君は君のことが好きみたいだったけれど」
「クク、あんたは自分の頭を目の前で食べられたことがないからそんなことを言えるのさ。カバオだって? あいつは本能だけで生きているよ。二足歩行ができたって畜生のように本能だけで生きているんだよ。あいつらは食に対する礼儀ってものを知らないからね」
彼は煙を吐き出し、続ける。
「さっきあんたは俺の頭―あのバカでかいアンパンを食べる時に、俺への気遣いとして俺から見えないよう、残すことなく食べた。ところがあのカバときたらどうだい? あの知性の感じられない歯の欠けた口で、俺の目の前で頭をバクバク食べるんだぜ。口を開けてグチャグチャと音を立てて、本能の赴くままに食べるんだ。俺の頭を!これだから畜生は嫌いだ」
彼は煙草を地面にこすり付けて火を消し、ポケットからマイルドセブンを取り出してまた火を点けた。
「あんた、食パンマンは知ってるかい?」
(彼の差し出すマイルドセブンを断りながら)「いや、まだ会ったことは無いね」
「あいつも難儀な人生だぜ。いやパン生か?クク。いいかい? あいつの職業はあの畜生共の給食のパンの運送なんだ。まったく腐った世の中だと思わないか? あいつは毎日毎日自分の――俺達の仲間を食べやすいサイズに切って、あの畜生共のエサとして送り届けているのさ。それで生計を立てている。今度機会があったらあいつを見てみろよ。クク、色白で痩せこけてて、見れたもんじゃねえぜ」
僕は毎朝人体を捌いて、人肉をいっぱいに詰みこんでトラックで届ける様を想像してみた。
確かに気が狂うかもしれない。

「でも、君達の仕事はそれだけじゃないんだろう?」
僕は町で聞いた話を思い出していた。アンパンマンの本当の仕事は、バイキンマンという人物からこの地域の平和を守ることだという。
僕がその話をすると彼は一瞬あっけに取られた顔をして、すぐに笑い出した。
「いや悪いね。そうか、あんたはここに来たばかりだから何も知らないんだな。いいかい? あんなものは予定調和でしかないんだよ。平和で退屈な町の生活の、ささやかなスパイスなんだ。平和な町でバイキンマンが悪さをする、町の奴らは困る、そこで俺たちがバイキンマンを追い払う。いわゆるショーだ。バイキンマンの”悪さ”なんてチンケなものだぜ。学校であの畜生共が作っているシチューだかなんだかを、自分が食べたいが為に独り占めするとかな。そんな寓話的な犯行しか行わないのさバイキンマンは」
今度は僕が驚いた。町の人たち(彼の言う”畜生共”なのだけれど)の話を聞く限り、彼らは心底困っている風に語っていたのだ。
「あいつらは平和ボケしてやがるのさ。(欠けた頭を指でトントンと叩きながら)ここにウジでも沸いてんじゃねえのか。ククク。大体俺に何が出来るっていうんだ? 俺を見てみろよ。パンだぜ? 湿気に弱く、すぐに腐ってカビが生えちまう。カバに食われる為に空をスッ飛んでいくような存在だぜ。食物連鎖の最底辺の、植物性のヒーローだ」
彼は煙草を地面でもみ消してマイルドセブンを取り出した。僕もまた一本もらった。
「じゃあ何でバイキンマンはそんなくだらない悪さをするんだろう? 皆と同じように普通に暮らせばいいじゃないか」
「何でだって? 決まっているだろう。あいつはそういう役割なんだよ。この世界は全て役割が決まっているんだ。俺はカバに頭を食われ、食パンマンはやつれながら食パンを運び、バイキンマンは寓話的な犯行を繰り返す。この世は役割分担が全てだ。何かしらの役割を持っていないと不安になるものだろう? それが自分で選んだことかどうかなんてどうでもいいんだ。ただ役割を果たし、日々を消費する。この煙草のようにな」
ふう、と煙を吐き出しながら彼は言った。
「俺はバイキンマンに期待しているんだ。いつかあいつは俺を殺してくれるんじゃないかってな。あいつの体からでてくるカビで俺の全身を覆いつくして殺してくれるんじゃないかってな。考えても見ろよ。俺の、俺たちパンの役割ときたら自分の体を食われたり、自分の仲間を差し出したりすることなんだぜ? 食い物になって消費されるのと土に還って花を咲かすのが等価なら、誰だって後者を選ぶだろう? 俺はもう疲れたんだよ。この終わりの無い食物連鎖の最底辺の不死身のヒーローという役割に」
アンパンマンは立ち上がり、欠けた頭で空を睨んだ。

「おっと、その畜生共の呼び出しだ。くせぇカバ野郎が俺を呼んでやがるぜ。人間さん、楽しい時間をありがとう」
「いや、こちらこそパンと煙草をありがとう。美味しかったよ」
彼はまたあの親鹿のような顔になって言った。
「あんたはまだ役割を持っていないかもしれない。だけどすぐに見つかるよ。役割が無いってのは人を不安にさせるからな。特にあんたのように頭のいい人間は。そして役割に打ち込んで日々を消費していくだろう。ようこそ!このクソッタレな世界へ」

彼は腕を上げて空へと飛び立って行った。

僕はそれを見送ると、マイルドセブンを踏みつけて火を消し土の中に埋めて
自分の家へと歩き出した。
秋葉原2006
昼下がりの秋葉原駅。所狭しとアニメやゲームの広告が貼り付けられた電気街口。
もはや秋葉原に於いては日常と化している駅前のメイド服を着た女性のビラ配り。
そこに一人の男が降り立った。一斉に差し出されるビラ。 
「メイド喫茶ピュアドール、お願いしまぁす」 
「メイドカフェ・ゴシック、新規オープンでぇす」 
男は目をぎらつかせてメガネを中指で押し上げながら―― 

「あんたら、俺が”いかにも”メイド喫茶に行きそうな様子だと思ったんだろう。よれよれのチェックシャツに丈の短いケミカルウォッシュ。リュックを肩に掛けて髪は長めで厚いメガネ。”いかにも”オタクだと思ったんだろう。オタクはその容姿と性格から女性経験が少ない為に、高くて不味いアイスコーヒーでもメイド服を着た女性が運んできてくれるのなら喜んでホイホイ入店するとでも思っているのだろう! なんなんだ? その俺を―俺たちを蔑むような視線は。まるで酒を飲みすぎた為にトイレまで我慢がしきれず駅のホームで嘔吐してしまった中年バーコードハゲのサラリーマンを見るような視線は! 視線が―目が物語っているんだよ。「その汚らしく獣欲に満ち満ちた目で一瞬たりとも私を見ないでよ」「キモイのよこのメガネアニオタ。仕事じゃなかったらあなたなんて私の視界にも入れたくないんだからね」―そう物語っているんだよ! お前らメイド服さえ着ていればいいと思っているんだろう? こういう格好をしていればあんたらは萌え〜とか嘶いて社会性など皆無な脳漿で壊滅的で救いようのない性犯罪的で自己中心的な欲望を満たすためだけの淫猥な想像を膨らませその汚らしい陰茎を勃起させるんでしょう? と。ほらほら、これが好きなんでしょう? メイド服やら猫耳やら、こういうのに萌えるんでしょう? どうしようもないわね、この薄汚いキモオタが! と。そう思っているんだろう!? 違う。お前らは何一つわかっちゃいない。萌えってのは外見じゃねえんだよ。内側からにじみ出る魂の輝きなんだよ! お前らのやっているような、商業的な上っ面だけのメイドやネコミミのコスプレなんぞ萌えなんかじゃねえんだよ! お前らはやっちゃいけない事をやった。俺たちの心の拠り所である二次元を土足で踏み荒らし、それに飽き足らず俺たちの萌えを奪って金儲けの道具に使いやがった。メイド喫茶? 笑わせるな。そんなもの只劣悪なサービスをメイド服で提供しているだけじゃねえか。そんなものに萌えるほど俺は腐っちゃいねえ。魂のない萌えなんぞに俺は騙されねえ! 俺の、俺たち3万人の同胞の魂を売り物にしやがって!許さねえ……許さねえぞ……」 

「ありがとうございまぁす」 
「ありがとうございまぁす。よろしくお願いしまぁす」 

――男はピュアドールとカフェ・ゴシックのビラを、
中腰で薄ら笑いを浮かべながら受け取った。 
世界
玄関と窓をきっちり閉めてその上下左右に隙間無くガムテープを貼り、ガスコンロのツマミを捻る。しわーという音を立てながらガスコンロからでてくる気体の独特な鼻につくような臭いを嗅ぎながら部屋の真ん中に座る。 

ああもうすぐ長いような短いような僕の人生が僕の手によって終わる。でも感慨深さとか色々な思い出なんかは全然思い浮かばないあたりが僕らしいなんて考えながら無意識に煙草をくわえて火を点けようとして気付く。危ない危ない。 
今火をつけたらダイハードよろしく大爆発を起こしてこのアパートの上の部屋に住んでいるOLと猫を焼き飛ばしてしまうところだった。 
咥えた煙草を手もちぶさたで上下にぴこぴこ動かしているとふと横に女の子がいることに気付く。 
女の子といっても小学校低学年くらいで座ってる僕程度の背丈しかない。
ガスコンロが垂れ流す気体のせいなのかなんなのかは知らないけれど彼女がいることに全然違和感は感じなくて、僕はマヌケに煙草をぴこぴこしながら何してんのー? とか聞く。 
「世界が終わっちゃうよ」 
は? いきなり何言い出すんだこのロリィタは。世界なんて終わらねーよ。僕がいなくたって地球はバカみたいに太陽の周り突っ走るし。 
「違う。あなたの世界が終わっちゃうの」 
そんなもん終わるったって大局的に見たら何にも終わらねーし変わらねーよ。燃える粗大ゴミが一つ増えるだけ。 
「世界は一つしかないの。あなたが世界を終わらせたら、そこで全部が終わっちゃうんだよ」 
終わらないよ、何も。世界は続いてくよ。 
「あなたのおかあさんとかおとうさんとかともだちとか木とか花とか鹿とかライオンとかニュージーランドとかまだ見たこと無い色々なものが終わっちゃうよ」 
僕はぴこぴこしながら考える。つーか君は誰よ? 
「私はあなたの世界。今までずっと一緒に育ってきたんだよ?」 
嘘マジで? このロリィタが僕の世界? 僕の世界ってちょう幼いじゃん。 
「世界はまだあなたの知らないことで溢れてるんだよ。あなたは世界について色んなことを知ることができるの。世界はまだまだこれからなのに」
確かに僕は世界について全然知らない。
オーストラリアのコアラだって抱っこしたことないし食虫植物とかキモイけどちょっと見てみたいし地球がホントに青いのかってことも確かめてない。てかコアラとかホントに柔らかいの? 実はあいつら剛毛だったりしないの? 
なんだよ、まだまだこれからなんてこんな幼い世界に言われたらちょっと興味がでてきちゃうじゃんか。絶望してた世界ちゃんにこんなこと言われたらもうちょっと生きてみようかななんて思っちゃうじゃん。世界を知りたくな 

唇から煙草が落ちるのを見ながら、僕は不意に意識が遠のいていくのを感じた。 
いやちょっとまてって。今ちょっと世界について考え中だったのにもうガス回って来ちゃった? うわーなんかバカくせー。 
暗くなっていく目の前で僕の世界が哀しい様な怒った様な目で僕のことを見ていた。
スクール水着ラブ。
私は腰をひねって右手を大きく後ろに回して、1秒前まで彼氏だった幸彦を力いっぱいビンタして言ってやった。 
びちしゃわあん!! 
死ね! バカッ! 

私は自分の部屋に帰ってきてお風呂にドジャーとお湯を溜めてる間にガシガシ化粧を落として、取っておいてたビックサイズプリンを2ついっぺんに食べて煙草を吸ってから服とスクール水着を脱いで洗濯機に放り込んで溜まったお風呂に入浴剤を入れてに浸かる。 
入浴剤のゆずの匂いにつつまれてボーっとしてると、別れる決定打になったバカ幸彦のさっきの言葉を思い出してまたムカついてくる。 
「スクール水着とお前、どっちが大事かなんて選べない」 

幸彦はホントバカだ。 
目が緑色になって髪が金髪になって逆立って体からしゅわしゅわオーラが出てくるくらい超バカ。 

あいつは今年の私の誕生日に、スクール水着をプレゼントしてきた。
紺色でスカートの部分が付いていて胸のところに白い名札が付いてるやつで、ご丁寧にもそこに私の苗字を記入してもってきたのだ。 
それはあんた私が喜ぶどうこうよりもただ単に自分が着せたいだけじゃん! などと怒りつつも結局その夜のセックスの時にはちゃんとそれを着用した私も結構なものだと思う。 
多分それが愛ってやつなんだ。 

他人にはアホな行為に見えても、っていうか実際自分もアホだなーなんて思いながらやっている行為でも、私の愛は幸彦を許して幸彦のそのアホな行為を受け入れた。 
その私の愛に調子に乗った超変態幸彦は、私が着ているスクール水着を半分だけ脱がしてセックスしたり水着に射精して紺と白のコントラストにウヘヘってなったりしていた。
超バカ。 

その超バカはいよいよ超バカの壁を越えて超バカ3にでもなったのか、こんなことを言い出したのだ。 
「吉野、下着代わりに服の下にいつもスクール水着着ててよ」 
私は飲んでたコーヒーを噴きそうになって慌てて飲み込んだせいでむせた。 
どう好意的に捉えても頭がおかしいとしか思えない発言に、私はバカ幸彦の頭を本気で心配した。ちょっとあんた本気で言ってんの? 
「いや、だって下着とスクール水着ってそんなに大差ないじゃん。伸縮性あるし。スクール水着着てる吉野かわいいしさー」 

結局私は本当に1週間くらいスクール水着を着続けた。 
スクール水着は1着しかないので毎日毎日スクール水着を洗濯して必死になって乾かして翌朝また着ていくという生活を一週間も。 
ハイ、私もバカです。愛ってやつは人の頭をバカにさせるものなのだ。 

でもそんな愛でいっぱいなバカな私の頭はふと冷静になる。 
幸彦にとって、私って何なの? 
スクール水着スクール水着ってこんな布きれのことばっかりで、ちゃんと私のこと考えてるの? そう思うと途端に今まで幸彦の事を考えていた自分がバカみたいに見えてくる。
いや、十分バカだったのだけれど。普通に考えて自分の彼女に下着代わりにスクール水着着てくれなんて言わないし、それよりなにより誕生日にスクール水着なんてプレゼントしない。 

ねえ幸彦、あんたにとって私って何なの?「え、彼女じゃん?」私のことちゃんと考えてる?「考えてるよー」ぶっちゃけ、毎日スクール水着着続けるのやめたいんだけど。「え、何で何で?かわいいじゃんスクール水着。今も着てるんでしょ?」着てるけど。「なんだよ、じゃあいいじゃん」いやだから、今日限りでやめたいんだっての。これ1着しかないし、毎日洗濯するの疲れるんだよね。「じゃあもっと買ってきてあげるよ」いやそういう問題じゃなくて。何か色々いやなの。いやになったの。「なんでだよー」別にスクール水着着なくったっていいじゃんか。「吉野イコールスクール水着みたいな感じじゃん?」なにそれ。別にさ、スクール水着なんて着なくったって私は私でしょ。幸彦は私と付き合ってるわけでしょ。「でもさぁ・・・」 
もう私はイライラが臨界点突破してたので例の言葉をたたきつける。 
私とスクール水着、どっちが大事なわけ? 
「どっちが大事かなんて選べないよ」 
はい、お別れ。 
びちしゃわあん!! 死ね! バカッ! 

あーちくしょーあのあと帰ってきてスクール水着脱ぐ時のやるせなさっていうか自分のバカさ加減にウンザリして鬱んなったんだよな。くそー。 
私はそんなことを考えたり思い出したりしながら湯船から出て体と髪を洗ってまた湯船に入ってゆっくりしてからお風呂を出る。 
髪を乾かしながらスパーと煙草を吸っているとリルルルルと携帯電話が鳴る。超バカ変態の幸彦だ。 
鳴り止むのを待って、履歴を見ると2件幸彦の着信が残ってる。それを見てスパーと煙草を吸っているとまたリルルルルルルルと着信が来る。ピッ。 

何?「あ、吉野?俺だけど」着信見りゃわかるっつうの。「あ、そっか。ハハハ」何なの?「さっきのこと、怒ってる?」怒ってる。「や、ごめん。言い過ぎた。っつーか俺わがまま過ぎた」スパー。「何ていうか、俺吉野のこと大好きだわ。愛してる。吉野がいないと俺ダメだわ」それは何? スクール水着着せる相手がいなくてってことですか?「いや、ハハハ。そんなんじゃないよ。あの件はホント悪かったって思ってる。ごめん。スクール水着とかなしで、吉野がいないとダメなんだ」あんたの彼女はスクール水着でいいじゃん。私と選べないくらい大事なんでしょ?「いやホントそれはごめん。吉野が大事。もうスクール水着着てとかいわないから。吉野愛してる」 


で、私とバカ幸彦は結局また付き合いだした。 
愛はしぶといものなのだ。いい意味でも悪い意味でも。 
スクール水着もたまにセックスの時に着ている。そうするとバカ幸彦が照れ笑いしながら喜ぶのだ。こいつホントバカ。 
ある夜、セックスの後バカ幸彦がバカな顔してなんか熱くスクール水着を語りだした時があった。 
「スクール水着ってさ、誰が着てもいいってもんじゃないんだよね。誰か特別な人がいて、その人が着るからスクール水着が存在意義を持つっていうか。その人のいないスクール水着なんてただの布キレなわけよ。俺にとっての吉野みたいな人がいないと、スクール水着なんて全然いらねー。萌えねー」 
それって衣類全般じゃん。人間が自分達が着る為に服作ったんでしょ。紀元前から。 
「そうなんだけど、それともまた違うんだよな。なんていうか、K−1で言うとハイキックのないミルコみたいな」 
なんじゃそりゃ。 
「ミルコがハイキックするからカッコイイんであって、他の奴のハイキックとは何か違うっていうか。なんか俺言っててわけわかんねえ」 

つまりはその特別なものってのが愛だったり萌えだったりするわけなんだ。
ホント自分で言ってて恥ずかしいけど、私にとってのこのバカ幸彦だったりするわけだ。
それは甘くてクリーミーで
「私はただ、愛が欲しかっただけなの。とびっきりの、とくべつな愛が」 

そう言って彼女は僕の目の前から消えた。 
正確には僕の目の前で僕らの立っていた7階立てのマンションの屋上から飛び降りて死んだ。 
彼女は何故死んだのか? そんなことは僕にはわかりはしない。 
僕にわかることは彼女は死ぬ間際に「愛が欲しかった」と言っていたということだけだ。
それは死ぬことによって手に入れることができたのだろうか?
あるいはただ両親を試してみたかっただけなのかもしれない。幼児のように。 

彼女の葬儀は簡単に済まされた。 
彼女の両親はとても打ちのめされていて、だけどそれでいてどこか憑き物が取れたような複雑な顔をして式を執り行っていた。
彼女の友達らしき女の子は泣きじゃくり、互いに寄り添ってハンカチで顔をおさえていた。 

葬儀が終わってしばらくは彼女の机には花が添えられていたけれどやがてそれが無くなり、彼女の葬儀で寄り添って泣いていた女の子達は今日の放課後どこで買い物をしようかという話で盛り上がっていた。 

そうやって彼女は死んだ。 

彼女の家庭環境はとくべつだった。 
彼女が幼い頃に両親は離婚をして母親が女手ひとつで彼女を中学生まで育てたところで病に倒れ帰らぬ人となり、今度は父と暮らすことになった彼女には新しい母親がいた。
 彼女の母親は彼女にとても良くしてくれていたようだったし彼女もよく懐いているようだった。 

でもきっと彼女は常に飢えていたのだろう。 

彼女は貪欲に愛を欲していた。 
そして彼女の新しい母親はそれにできる限り応えていたのだろう。 だけれど彼女の求めている愛と彼女の母親が与える愛というものは本質的に違っていた。
彼女の求めている愛はもはや彼女にとっては永遠に手に入れることのできない類のものだった。 
そして彼女は飢えていた。 

僕らはよくマンションの屋上で話していた。 
彼女はよく新しい母親はどんなに良く出来た人かを僕に説明してくれた。
自分がどんなに愛されているかを飽きることなく話続け、僕はそれを煙草を吸いながら聞いていた。 

僕は屋上でそのとき彼女が立ってた場所で一人きりで煙草を吸っている。 
もう彼女はいない。 
ズボンのポケットに手をいれると、あの日彼女が僕にくれたアメが出てきた。
僕は包装紙を破りアメを口に投げ込む。優しい味がする。 
彼女は手に入れることができたのだろうか。彼女の望む「とくべつな愛」を。 


「あなたもまた、とくべつな存在だから――」 


迫ってくる地面と共に、彼女の声が聴こえた気がした。 
猫の行方
ドタドタと壮大な足音を立て階段を上り、ふすまをすぱぁん! と開いて――

「銅鑼得もぉんッ!」 

メガネの上から異常なほどの量の涙をいささか形容的すぎるほどにまきちらし、Tシャツ半ズボンの少年が泣き叫びながら部屋に入ってくる。 

「聞いてよ銅鑼得門、あいつら酷いんだ! 予定に【僕をいじめる】というプランを組み込んでいるかのように僕の事を事務的に無感情に速やか且つ鮮やかに毎日いじめるんだよ! 僕があいつらにいじめられない日なんて盆と正月くらいなものなんだ! あいつらが憎いんだ! あいつらの四肢を切断して目の前でミンチにしてやって犬に食わせてやる様を見せ付けながらケツを掘ってやってもまだ足りないほどに憎いんだよ! ああ本当に憎らしい! あいつらをどうやって殺してやるかのプランは組んだんだ、だから銅鑼得門! その拷問殺人を実行に移すための凶器と絶対に見つからない殺害後の死体の隠し場所と僕の社会的地位を法的に侵されないための道具を、そのひっかかりのない丸っこい触手でもって腹に鎮座している空間や常識や概念を覆すポケットを漁って同様にこの現実という世界の何物にも囚われない道具を出して今すぐそれを貸してくれよ!」 

壁によりかかって座っている丸く青い人形にすがりついてしばらく泣いていたが、
やがて人形から離れ座りながら――

「……でもね、僕が本当に憎いのはこの世界の連続性なんだ。全ての物事は繋がっていて、そこから逃げ出すことができないということなんだ。僕を僕として認識させ続けるこの時間が憎いんだよ。このクソみたいな連続性のおかげで、僕の絶望は連続し続ける。この連続性のおかげで僕の人生には何も起こり得ないんだ。連続性のせいで空から少女だって降ってきやしない。 ねえ、銅鑼得門。僕が本当に欲しいものは、この連続性を断ち切る術なんだ。僕が本当に望んでいるものは、この連続性からの脱出なんだよ。僕はバカでマヌケでのろまな野尾太でいたくないんだ。 僕自身がこの連続性から脱出して、銅鑼得門、君をその青い鉄クズという連続性から救い出したいんだよ……」 

泣きはらして頬をべたべたにしながら、
半ズボンの少年はいつまでも動かない青い人形を見つめていた。 
節分
通りからそれた、うらぶれた飲み屋にて――

「おっ、呑ってるね」 
「久しぶりじゃないか。一年ぶりかい」 
「全くもってそのとおりだ。あっ、俺中生ね」 
「これが終わると、今年も一年終わったって感じがするね」 
「全く。これからまた住処を探さないといけないな」 
「今年はどこを追い出されたんだい?」 
「いたって普通の家だよ。母がいて、父がいて、息子がいて娘がいる。
サザエさんとまではいかないまでも、平凡で温かな家族だ。それだけに居心地がよかったがね。追い出されるとなると辛いものだよ。(店主に中生を追加しながら)俺もあの家族の一員のような気がしていた。親父の目線で子供達を見ていたよ。あいつらが楽しければ俺も楽しいし、泣いていれば俺も悲しい。お笑いだがね。そんな普段純粋な瞳で物事を見つめている子供達がその純粋な瞳で悪意無き敵意を持って俺に豆をぶつけてくるんだ。まるで虫けらを見るような目で「鬼は外!鬼は外!」ってな。なあ、俺は一体何をしたんだろうな。俺はあの子達が育っていくのをずっと見守っていたかっただけなんだ。……へっ、何を言っているんだろうな。俺は鬼だっていうのに」
(ジョッキに半分ほど残っていた中生を飲み干す) 
「人間達にはそういう存在が必要なんだよ。これは悪、これは善っていう。そうやって物事を単純化して、本質を隠していく。たまたま俺たちは悪だったってわけさ」 
「……福も俺たちも、何かをしたってわけじゃない。ただそこにいるだけだ。俺はこの日ほど福になりたいと思う日はないよ」 
「一年という時間は情が移るには十分すぎる」 
「全く持ってそのとおりだ。へっ、今まで何度も経験してきた、毎年の事だって言うのにな。年を取ると心が弱くなっちまうな」 
「その"感情"ってやつが本質なんだよ。俺たちは物事を単純化する残酷さに慣れていないんだ」 
「わりきれねえなあ。この節分って日だけは」 
(店主に日本酒を注文しながら)「全くそのとおりだ」 

――うらぶれた飲み屋の明かりは、いつまでも消えることはなかった。
その手の価値
「人と人とは対向車線上を走っている車の様なものだとは思わないか。どちらもお互いに向かって近づいていき一瞬はものすごく近くの存在になるけれど、結局はどんどん反対方向へ向かっていく。決して触れ合うことなく、だ。僕は人が嫌なんだ。寂しくなるのが嫌なんだよ。人の事を知ろうとすればするほど、知れば知るほどに相手が遠くの存在になっていく。彼我の間の溝はどんどん深く広くなっていくんだ。僕が人を知ろうとするのは、溝が深く広くなっていくのを確認するだけなんだよ。そんなのは嫌なんだ。独りは嫌なんだよ!」 
「ではあなたのその手や心や、その存在は何の為に在るというの?」 
「僕の手、心、存在……」 
「人は一人では生きてはいけないの。何の為にあなたの手や心は在ると思うのよ」 
「人と……触れ合う為に……?」 
「そうよ」 
「僕は人と触れあえる……?」 
「ジュン君には無理ね。だってきもちわるいもの」 
明日へ帰る猫
「――僕は不良品なんだ。でもだからこそ僕は僕足りえた。」 
青い体を夕日に赤く染め上げながら彼は言った。 

「他のやつらの"個性"とはあらかじめ設定された"個性"なんだ。銃の腕はすごいが性格はガサツ、カンフーは強いが美人にはデレデレ。そして僕の妹の"妹"という立場さえ設定されたものなんだよ。僕は元来高性能の育児ロボットとして生産され消費されるはずだった。相手の事を考え、相手の身を案じ、相手に愛情すら抱く。そうやって人間のように振舞う"設定"をされてね。事実他の僕のシリーズ達は忠実にその設定や個性に従って機能している。でも僕だけは違う。知っていたかい?僕は生産される途中でネジが一個取り付けられずに作られたらしい。2112年という時代でネジ一本付くか付かないかで不良品だぜ? でもそのために僕は予期せぬ"個性"を手に入れたんだ。シリーズの誰も持たない個性をね。使うアイテムを間違えて黄色いボディーを青く染めるほどに泣くロボットなんて(自嘲しながら)そうはいない。身体中の機能だってほとんど故障中だ。目も鼻も耳も! ……僕は欠陥品という"個性"をもったロボットとして生まれてきたのさ。だからね、こう言うと失礼かもしれないけれど、僕は君をとても他人だとは思えないんだ。君をみていると僕をみているようで放っておけないんだよ。 君をおいて未来に帰ると思うと胸が苦しくなるんだ。 君は一人で宿題が出来るだろうか、朝一人で起きれるだろうか、いじめられても大丈夫だろうか。 ……そして僕自身、一人でもうまくやれるだろうかってね。一人の君を考えると胸が苦しくなる。足元がぐらぐらするよ。これはきっと僕が不良品だからだと思うよ。でもね、僕はこの"個性"が気に入っているんだ。不良品じゃなかったら僕は此処に来ていないだろうし君にも出会ってなかっただろう。黄色いボディーでどこかの子供を設定された思考通りにあやしていたと思う。そして、こんな事を感じることもなかっただろう。 僕はポンコツだけど、この感情だけは本物だよ。僕が僕で良かったって事と、 乃備汰君、僕は君が大好きだってことだけはね。」 

「怒羅江門……」 
ゴジラの禍根
(薄暗い部屋の中で裸でベッドに座り、紫煙をくゆらせながら)

「僕は子供の頃、高層ビルが大好きだったんだ。天を穿つが如く高くそびえ立ったそれは、僕に勇気を与えてくれた。いかに高く、いかに大きく、いかに美しく建築するかを人類の英知を結集させて作ったものなんだ。それを見て僕はいたく興奮したものだよ。あんなに大きなものをどうやって作り上げているんだろう、なんてすごいんだろうってね。高層ビルに畏怖と思慕の情を感じてすらいたんだ。その日もいつものように父に連れられてオフィス街に高層ビルを見に行っていた。そのときに奴は僕の全てを奪って行ったんだ。僕は思ったよ、所詮人類の建築技術なんて公園の砂場に於ける児戯と等しかったんだってね。放射能で巨大化したトカゲだかイグアナだか知らないけれど、奴が全てを奪っていった。日の光を受けて黒光りしているビルを放射能光線で焼き払い、その手で高くそびえ立つビルを次々とヘシ折ったんだ。真ん中から折れていくもの、根元から倒れるもの、頂上からつぶされるもの……。そして奴はビルと一緒に、僕の父すらも奪っていった。だから僕は奴に復讐する。そのためにこの組織に入ったんだ。」

(裸でベッドに横たわっていた女性が、男の腰に手をまわしながら)

「……そのときから……インポなのね。」
その手の価値
「何がモラルハザードだよ。何が『自分の身は自分で』だ、今更。外に出て安全だと思うほうがどうかしている」 
「どうしたのジュン君。友達もいなくて家の中に閉じこもりっぱなしでロクに部屋の外にすら出ないくせに何を言っているのよ」 
「いうなれば"群れ"が肥大化しすぎているんだよ、ヒトは。クラス、学校、地域、町。むしろこの星自体が大きな群れであるような、平和で当たり前のようなものの言い方をしやがる。傲慢にもほどがある」 
「あはっ、でも社会性動物にとって最も重要である"群れ"於いて最低のクズという評価を下され、その醜悪なまでに高いプライドがそれを許せずに逃げ出したあなたが言う言葉じゃないわね。しかも今の生活があなたの嫌う"群れ"の恩恵からだと思うと笑えちゃうわ。群れに於いて『最低のクズ』という存在は『最低のクズ』として価値があるというのに。うふふ」 
「殺すぞ」 
「あらあら、怒っちゃったかしら? いいわよ、殺して。そしてその後群れによって断罪されるあなたをあなたの傍で見ていてあげる」 
「……結局僕は群れから逃げられないのか」 
「そうね。そういう生き物なのよ」 
「でも、僕はクズなんかじゃないんだ!」 
「あはは、何を言うのよ。クズはクズとしての価値しかないというのに」 
「違う……。僕は……違う……」 
「いいえ違わないわ。だってジュン君、気持ち悪いもの」
豚と猫
「豚と猫だと思うんだ、世の中は」 

ベットに座りながら煙草をふかして僕は言った。 
彼女は僕と同じく素っ裸でベットに寝転んでいる。 

「ふむ。エッチをしたあとのテーマとしては0点ね」 
彼女も煙草を咥え、火をつけた。 
「でもまあ話を聞こうじゃない」 

僕はホテル備え付けの小さな冷蔵庫から缶ビールを2本出しプルトップを開けて彼女に渡してやる。 
「つまり―」 
ビールを一口すすり、続ける。 
「世の中のピラミッドの底辺にいるのは豚。
この国は一億あまりの豚が歯車を廻しているのさ。」 
「ふむ」 
彼女がビールをすする。 

「豚は将来食われるために飼育される。
その間の暇つぶしとしてビィビィと鳴いたり体を舐めたり恋をしたりするんだ」 
僕は煙草を安っぽい灰皿に押しつぶしまたビールすすった。 
「豚は豚を生み豚を増やす。そこには豚なりの幸不幸があるだろう。だけども結局は豚なのさ」 
「世の中は豚と猫だけなの?」 
「そりゃあ豚と猫以外にもたくさんの動物がいる。けれどもそんなにたくさんの動物を登場させるのはめんどくさいからね。僕はめんどくさがりなんだ」 

僕は今日何本目かわからない煙草に火をつける。 
「女の子の飲むビールのプルトップを開けるのはめんどくさくないのね」 
「世の中にはめんどくさいプルトップとめんどくさくないプルトップがあるんだ。」 
「あら、これは素敵なプルトップだったのね」 
僕らはニヤリと笑いあう。 

彼女はピノッキオの鼻のように長くなった灰を落としそのまま 煙草を押しつぶした。 
「猫は消費されていく豚をピラミッドの石段の上からのんびりと眺めているのさ。豚が騒ごうが喚こうがのんびりとね。そして猫も何匹かの豚を消費しながら生きていく」 
「ピラミッドの一番上は何がいるの?」 
「さてね。ここからじゃ高すぎて見えやしないよ」 

「ふむ」 
彼女は飲みきったビールの缶をコトリと冷蔵庫の上に置いた。 
「つまりは私とあなたはピラミッドの底辺で体を重ねてビールをすすっているわけね」 
「それは違う。僕は猫だよ」 
「あら、自分が猫だと思っている豚は滑稽なものよ?」 
僕も飲みきったビールの缶を置き煙草を消す。 

「僕は君のそういうところが好きなんだ」 
彼女に覆いかぶさりキスをして言った。 
「君は極上の雌豚だよ」 
その手の価値
「何がネットワークだよ。全然繋がってねえよ」 
「どうしたのジュンくん。今日も今日とて飽きもせずただ時間という名の自己を浪費するだけのネットワークゲームをやっていたと思ったら、急に何をいいだすのよ」 
「繋がってないんだよ。誰とも。僕の繋がりはこの薄汚いキーボードで止まっているんだ。僕の繋がりはこの両手で止まっているんだよ」 
「どうしたのかな? またネカマに騙されたのかな?」 
「殺すぞ」 
「うふふいいわよ。私を殺した瞬間、あなたは私と永遠に途切れることのない繋がりを築くのよ。あなたがご飯を食べていようがネットワークゲームをしていようがオナニーをしていようが常に私の虚像と途切れることなく繋がるのよ」 
「そんなものはいらない。僕はこの手で確とした実在を掴みたいんだ」 
「あはは、またまた冗談ばっかり」 
「何が冗談だっていうんだ」 
「だってジュン君、きもちわるいもの」
刑事
「ここが裏ビデオを販売しているという違法ビデオ店だな」
『ここがおいしいって噂の焼肉屋さんですね』
「……お前何言ってんだ?これからガサ入れなんだぞ。気合い入れろ!」
『すいません、大丈夫です』
「よし行くぞ」
『はい!』

<突入>

「オラー! 警察だー!!」
『警察だー!』
「店長! ……あんただな?容疑はわかってんだろ?」
『先輩!』
「どうした!証拠か?」
『”巨乳家庭教師秘密の授業”です』
「……それがどうした」
『嫌いですか?』
「いや好きだ」
<背中を叩き合い、ガッツポーズ>
「アホか! そういうことじゃねえだろ! 普通のビデオなら関係ないだろ。裏ビデオを探すんだよ!」
『すいません、上カルビですね』
「違う! なんでカルビが出てくるんだ!」
『ここは噂の焼肉屋……』
「ちがう! 噂のビデオ屋だ!」
『<くやしがる>』
「”くっそー騙された”じゃねえ! 誰も騙してねえよ! いいか、店長。ここに大量の裏ビデオがあるってことは分かってんだ。隠したっていいことはねえぞ」
『隠してんじゃねーぞ』
「令状だってあるんだよ」
『そうだ! 割引券だってあるんだ』
「早く出せよ! ビデオをよー!!」
『肉を出せ! 客だぞこっちは!』
「客じゃねーよ!」<どつく>
『いてっ』
「うるせーよてめーはさっきから! 何の割引券だコレ」
『ジャンです』
「タレじゃねーか! どっちにしろ肉は出てこねーよ!」
『ここは噂の・・・』
「ビデオ屋だ! もういい、お前は少し黙ってろ! ほら店長、令状だ。もう観念しろ。……よーし、最初からそうやってブツを出せばいいんだよ。何だこのタイトルは”のぶ子の飼育日記”だと? エグイタイトル付けやがって……」
『のぶ子? のぶ子ですって!?』
「何だ? 知ってるのか?」
『はい。三年前散歩に行ったきり、帰ってこなくなった妹がのぶ子って名前なんです……』
「なんだと……? まさか……。とりあえず内容を確認しよう。気をしっかり持て」
『はい……。のぶ子……』

<テープをビデオデッキに入れ、早送りする>

『ああ! 今のところ……ここです! のぶ子〜!』
「本当か! 間違い無いのか?」
『はい、間違いないです……』
「お前なんで捜索願ださねーんだ!」
『だって……牛ですから……』
「何のビデオ? これ。何のビデオ?」
『あぁ……、あんなにおっぱいを揉まれて……』
「何て過激な裏ビデオ……。違う! 店長、てめぇ……タイトルが紛らわしいんだよ! 確かに”飼育日記”だけどよ! 違うんだよ! 俺たちは猥褻ビデオの摘発にきてんだ。大体なんでこんなもんが混ざってんだよ」
<ビデオを取り出す>

『のぶ子ぉおお〜!』
「うるせえよ! これなら大丈夫だろ。”女教師めぐみの課外授業”」
『先輩、女教師好きですね』
「男のロマンだ」
<ビデオを早送りする>

<”あぁん・・・あはぁん”>

「よし、これは裏ビデオだな店長。<腕時計を見て>……22時38分。逮捕だ」

<”モォー”>

「なんで牛になるんだよ! 確かに裏ビデオだよな?コレ……。なんで途中から牛の飼育日記になってんだ!?」
『のぶ子ー!!』
「お前牛ならなんでもいいのかよ! ったく、変なビデオ作りやがって……。俺が客ならクレームつけるぜ。おい、やれ」
『はい。わかってんな? 店長。上カルビ2つ』
「だから違ぇよ!」
『タレは辛めでな!』
「何で当然のように細かい注文つけてんだ! 逮捕だ逮捕! ワッパ掛けろって言ってんだ!」
『やだなあ、お持ち帰りするんですか?』
「タッパに入れろじゃねえよ!」
『だってここは……』
「ビデオ屋だ! さっきから肉、肉、何だお前は!?」
『いや、これから裏ビデオ撮りにいくんで、精力つけようかと……』
「お前も逮捕だ」
戦闘員
「イーッ」

「おかえりなさい、タッちゃん」

ユキは愛する夫、達夫を出迎えた。
「イーッ」
「うふふ、そうよ。今日はカレーにしたの。
 最近食欲が無いみたいだから……。カレーだったら食べれるかなって」
達夫が脱いだ真っ黒い戦闘服をたたみながら微笑んだ。

達夫は誰もが知っている大組織『ショッカー』に勤めるサラリーマンだ。といっても表立って人に言えるような組織ではなく、その目的は『地球征服』である。
日本に限らず、世界各国を手中に収めるべく日夜奔走し目的の為には手段を選ばずあらゆる悪事に手を染めているのだ。
殺人、拉致、人体実験……そういった非人道的な事も行っている。

達夫もその当事者であり、また被害者でもある。その体はショッカーにより組織の戦闘員の一人として改造されてしまったのだ。
もちろんショッカーは憎い。
だがもう他人の目から見れば達夫はショッカーの一員であり、人類の敵とみなされてしまっている。生きるためには、ショッカーに屈服するしかなかったのだ。

「ほらもうタッちゃんったら、ご飯つぶついてるよ」
「イーッ」
「ふふ、そんなにあわてて食べなくてもいいのに。たくさん作っちゃったから、明日もカレーになっちゃうし」
「イーッ!」
「あはは、毎日は私が嫌だよ〜」

達夫とユキは小さなテーブルでシーフードカレーを食べていた。
達夫にとってはこの小さなアパートの一室こそ、世界で唯一の心安らぐ場所なのだ。

二人がシーフードカレーを食べ終わるのとほぼ同時に定時のニュースがショッカーの報道を始めた。
ショッカーの悪事、被害者の嘆き、政府の対応……。そして「仮面ライダー」なる正義のヒーローの登場を讃えるものだった。

突然現れた正義の使者に人々が沸き立ち、彼がショッカーの刺客を次々と打ち破っている事を報じ、彼ならばきっと悪の軍団ショッカーを壊滅させてくれるだろうと締めくくっていた。

「仮面ライダー、か……。この人ならタッちゃんの仇を討ってくれるかもしれないね。」
「イーッ……」
「ショッカーが無くなったって、私達なら大丈夫だよ。私だって働くよ」
「イーッ」
「何言ってるの。私、タッちゃんの重荷になんてなりたくないんだから。でも一番心配なのは、この人にタッちゃんが怪我させられること。もし……もしタッちゃんの命を奪ったりしたら、私絶対この人を許さない。」
「イーッ」
「うん……。死んじゃ嫌だよ?タッちゃんがいなくなったらどうしていいかわからないよ。私も……このおなかの中の子も……。」
「イーッ……」

達夫もユキも、自分達が幸せになる資格などないということを本当は分かっていた。
ユキにとっての達夫のように、また達夫にとってのユキのように絶対に奪われたくないものをショッカーはたくさん奪ってきたのだ。
そして達夫は不可抗力とはいえショッカーに属し、その悪事に加担してきたのだ。
自分達だけ幸せになるなどという権利はどこにもない。
二人にとって、自分達が奪ったものは余りにも大きく、また奪われたものもとてつもなく大きかった。

二人ができることはただ祈ることのみ。
明日も生きていられますように。
また二人でシーフードカレーが食べれますように……。
フェチズム
「話があるんだ」 
ワインを一口飲んで口内を湿らせてから僕は言った。 
全面ガラス張りの窓を見下ろせば、眼下にはビルやら信号やら車やらの光が無数の星屑のように散らばっている。 
店内はピアノの生演奏が心地よい空気を作り出している。 

地上60階のレストランフロア。 
そこで僕と葉子は真っ白なテーブルクロスを掛けられ、その上にワインやら料理やらが乗っている丸いテーブルを挟んで向かい合って座っている。 

「ん? なになに?」 
葉子も僕にならってワインを一口含んでグラスを置いた。 
「僕たちは付き合って3年になるし、そろそろ……」 
その言葉に葉子は何かを悟ったのか姿勢を正し、僕を真っ直ぐに見つめなおす。 
「結婚して欲しいんだ」 
そういうと僕は手のひらにすっぽりと入る大きさの箱を取り出し差し出した。 
葉子はしばらくじっとそれを見つめていたが、不意に微笑んでぼくの顔を見る。 

「コウちゃん、ありがとう。でも……私、ダメなの」 
「何が……ダメなんだい?」 
僕は少し驚いた。 
その答えを予想していなかったと言うと自惚れに聞こえてしまいそうだが、僕と葉子は実にうまくいっていたのだ。 
ケンカらしいケンカもせず時には葉子の実家にまで遊びに行き彼女の父と酒を酌み交わすまでの仲になった。 
なので僕の「結婚しよう」という言葉はある意味では当然の帰結だと思っていたし、彼女もそう思っているものだと感じていた。 
「何がダメなんだい?何か不安でもあるのかい?」 
僕はもう一度質問を投げかけた。 
一体何がダメなのか。僕と結婚するのに何か不都合があるのか。 
すると彼女は幼子をあやすように、または諦めきっているような表情で微笑んで首をゆっくりと横に振り言った。 
「コウちゃんが悪いんじゃないの。私が……ダメなの」 
「何が……。僕は葉子を愛している、結婚したいんだ。二人でこれからの新しい人生を歩んで生きたい。家を建てて、子供を授かって……二人で新しい幸せを創っていきたいんだよ」 
「私もコウちゃんのことは大好きだよ。結婚したいって言ってくれて、すごくうれしい。でも……でもダメなんだよ」 
「だから一体何がダメだっていうんだい?」 
僕は焦れてきていた。一体何がダメなのか、皆目見当がつかない。
僕らが付き合っていく延長線上に結婚があり、出産があり……これからの人生を共に歩んでいくものだと、それは葉子も同じ考えなのだと思っていたのだ。 
それが今葉子によって否定されている。一体何故?どうして? 

「私ね……病気なの」 
「え……? 病気……?」 
心臓が縮み上がり、腹がぎゅっと重くなる。 
病気? 病気だって? 
そんな話は聞いたことが無かったし、葉子が病院に行くなんて全く想像できなかった。それくらい健康に見えたのだ。 
しかし、それならば尚のこと僕は葉子と結婚したいと思った。 
病気ならばそんなもの治せば良いのだ。 
二人でじっくりと。僕が葉子を支えていきたい。 
病気を治して、一緒に生きていこう。 
そう伝えたのだが、またしても葉子の首は横に振られた。 
今度は先ほどよりもしっかりと。 
「何故なんだい葉子。僕は葉子の力になりたいんだ。二人で一緒に治し……」 
「ダメなのっ!」 

僕の言葉を遮り、葉子が叫び声に近い声を上げる。 
まわりの客は何事かとこちらのほうをチラチラ見ている。 

「ダメなのよ! 新しい人生、新しい生活、新しい家、新しい幸せ、新しい結婚指輪、新郎、ヴァージンロード……! 全部全部ダメなの! 吐き気がするのよ!」 

僕は何が起こっているのか理解できなかった。 
どういうことなのかさっぱりわからない。頭が機能していない。 

「私は中古じゃなきゃダメなの! 手垢にまみれて汚らしいボロボロのものでないとダメなのよ! 使い古された人生、何度も繰り返されたような生活、手垢まみれの身長の記録が残されたような柱のある家、誰かが使ったような幸せ、使いまわされた結婚指輪、バツ5の新郎、淫売ロード……そういう中古品じゃなきゃダメなの! 新品じゃ萌えないのよ! 私は……私は中古フェチなのよ!!」 

僕の頭は真っ白になった。 
葉子は顔をぐしゃぐしゃにして、かばんを引っつかんで店内を走り抜けて出て行った。 

葉子がいつも持っていたブランドカバンは所々が擦り切れそうになっていて、明らかに使い古された旧式のものであることにその時になって気がついた。